2013年02月12日

神々の住まう場所

昨日突然辞任した法王のニュースでイタリアはてんやわんや、ついでにアメリカでかなりの被害を及ぼしている大寒波の波も着ているようで、ミラノの辺りでは30cmくらい雪が積もっているみたいですね。。。それにしても法王、どうしちゃったんでしょう。。。ラテン語の演説しながら「疲れた」とか「もう無理だ。。。」的な発言があったらしく、ラテン語に詳しいとある記者がそれをキャッチ、スクープ記事になったみたいですね。なんと600年ぶりという生きているときの退任。前法王はよれよれでも、歩けなくてゴルフカートみたいな車に乗っても、ほんとうに病の床から最後の最後まで信者の方たちの思いを汲むようなイメージだったので、その後任は大変だったのでしょうかねぇ。ま、でも、前の法王は84歳で死去、今の法王はすでに85歳なのですから、もう自由の身になってもいいのかもしれないけど。ただ、イタリアでもこの退任にはかなりみんな「???????」らしく、やはり裏で何かあるのではないか?といろいろと詮索しているマスコミです。ま、ゲイへの攻撃(ゲイには幸福はこないとか)やカトリックの聖職者による児童性的虐待のスキャンダルも大々的に暴かれたり、ほかにもバチカン銀行を巡って、不正なマネーロンダリングのいろんな噂などもあったりしてましたからね。ま、またしてもコンクラーベが見られるのは興味津々。今回は一回ですぱっと決まってほしいです。(前回は3回目にしてやっと白い煙が上がったのよね。)

さてさて、すっかり先月の霧島☆ショートトリップから一ヶ月がたとうとしてます。。。(滝汗)ほんと光陰矢のごとしだわ。ということで、大急ぎでUPしていきますのでみんなついてきてねっ!!!!(マジカヨ。。。ですね。爆)今回はバチカン同様、鹿児島にも神々のおわす場所があるということで、温泉でのんびりする前にパワースポットで今年一年のエネルギーチャージへ行ってきました。場所は霧島神宮

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ここはニニギというとあー!と思う方も多いと思いますが、天照(アマテラス)大神の孫で、天孫と呼ばれる天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊(あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎ)が主祭神として、そのほか木花咲耶姫尊(コノハナノサクヤビメ)、彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコ)豊玉姫尊鵜鷀草葺不合尊玉依姫尊の5柱を配祀しているのです。それぞれWIKIにリンク貼っていますが、ほんとにそこは神話の世界。。。


長い階段を上り、ずっと参道を歩いてくると朱塗りの社殿が見えてきます。そでもその前に右手にあるご神木にご注目!!!!

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ご神木は杉なのですが、樹齢約800年と推定され、南九州の杉の祖先ともいわれてるんだそうです。そしてとあるテレビ番組で知ったのですが、このご神木の裏側の枝をよく見ると。。。

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枝からなにやら白っぽく上向きに見えるもの。。。たぶん枝の変形なんでしょうけど、これが観音様に見える!!!ほんとうにありがたいご神木なのです〜♪

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この社殿、1715年に島津吉貴の奉納により再建したものなんだそうです。まずこの場所に社殿が建ったのは1484年に島津忠昌の命により建立されたもの。それ以前は場所ももっと高千穂峰のほうにあり、霧島連山がまだ活発に活動していた時期だったらしく、何度も焼け、それを噴火の巻き添えをくわないようにこの場所に遷したのだそうです。本殿は内部も豪華に装飾されており、柱、梁、長押などはすべて朱漆塗りとした上に要所を彩色文様や鍍金の飾り金具で装飾し、壁には極彩色の浮き彫りを施した羽目板を配するなど、贅をこらしているということで「西の日光」と呼ばれているんだって!(Wikipediaより)

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いやー、素晴らしいですね、この仕事。カトリックにしてもイスラムにしても、教会や寺院に対する装飾というのは、本当に微にいり細にいり、その時代の芸術・技術の粋を駆使して、もちろんお金もふんだんにかけて作っているのでほんとうにすごい細工と出会るのよね〜♪日本の神社仏閣というのはなんだか、わびさびの世界でモノトーンのイメージがするけど、こういう極彩色が華やかで大胆だから大好きなのです。

そして次は、のんびり一晩過ごした後で、旅館のすぐ近くで発見した「熊襲の穴」!!!!!!熊襲とは、日本の記紀神話に登場する人々である。九州南部に本拠地を構え、ヤマト王権に抵抗したとされる人々なわけですが、そのボスだったクマソタケルが後の熊襲討伐のために女装した少年ヤマトタケルに殺される話は有名ですよね。

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車を停めるスペースがありそのすぐ横から山道が始まるんですけど、看板が立っている以外は特に何もなし。もちろん熊襲饅頭のようなものもなし。(笑)いきなり深々とした山の中へ入っていきます。しかも結構な急勾配。

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途中こんなモダンな鳥居をくぐるとそのかなーーーーーり先になにか祠のようなものが見えてくるっ!

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凛とした空気と静寂な杉林のなかを上ること10分弱、大きな岩盤のまえに鳥居があり、その下のほうに平たく穴が開いています。今にも落ちてきそうな岩盤の穴をくぐると。。。

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なんとこんな世界が!!!もちろんライトは設置してあるし、このアートは1990年に、鹿児島県出身の前衛画家・萩原貞行氏が表現した古代人の息吹を感じるモダンアートなんです。こちらのサイト
あたしたちが泊まった妙見石原荘の社長で故人の石原貫一郎氏の著書「熊襲こそ貴族」からの抜粋で説明がかいてあります。洞窟の中はしっとりとあたたかい空気が流れていました。この奥にはまだまだ大きな穴があり、100畳くらいの大きさの場所もあるとか。そこで熊襲の民が生活をし、宴会をし、そこでヤマトタケルという若者が歴史を変える一場面を作ったというのは、古事記などの歴史物語の中だけではないようなそんな気がする場所でした。

神話の世界と現実の世界が共存する場所、鹿児島から宮崎にかけて日本という国が生まれた場所という、こんなすごいパワースポットが点在するんですよね!!!鹿児島観光も神話をキーワードにしてもかなり盛りだくさんの旅ができますよっ♪♪♪


posted by yossy at 19:19| 鹿児島 ☔| Comment(0) | 薩摩の国から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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