2013年08月07日

天文館はちみつプロジェクトとコラボしてますっ!!!

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今年の天文館はちみつが届きました〜!!!!\(^o^)/今年の蜂蜜は去年にも増して濃厚な花の香りが口の中にふわ〜んっと充満しますよ。(≧∇≦)bそしてなんと今回の蜂蜜を使ったスイーツ☆スタンプラリーがあるんです♪レストランはもちろん、明石屋さんのどらやきとか、パンとか、それに天文館の有名Barとかも参加しているんだよね。もちろんチプレッソも参加ですっ!!!とりあえず一つだけエントリーということなので、ランチのチプレッソコースで【白桃のクリームブリュレと天文館蜂蜜のジェラート】をご用意!このジェラート、天文館はちみつの、花壇をまるごと口の中に入れちゃったような濃厚な花の香りがしっかりするスペシャル☆ジェラートですっ!!!基本ランチのチプレッソコースですが、ご希望があればディナーでもお出しいたしますよ〜♪♪♪

ということで、今週は本日ランチが満席、あとは昼も夜ものんびりめです。そして来週のお盆、キャンプでお休みになったりするのでよーく考えたら、14日、15日、16日の3日だけの営業です。。。(汗)ご迷惑をおかけいたしますがよろしくお願いいたします!!!
posted by yossy at 09:43| 鹿児島 🌁| Comment(1) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月29日

アンチエイジング☆ナイト Vol.5 〜アレルギー及び花粉症に強い体を目指して内側、外側からの本気のケアで今年は楽に乗り越えましょ〜編〜

すっかり告知が遅くなっちゃいました!!!!!!っていうか、もうUPしてると思ったのよね。。。(滝汗)2013年第一段! のアンチエイジング☆ナイトの日程が決定しました!!!今年初めての身体をいつくしむセミナー、テーマはこの時期からすでに兆候が出始める花粉症。夕子先生からのレター添付しますね♪♪♪

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2月、、、それは、ヴァレンタイン、人生左右する!?試験、新生活への準備と忙し〜い時期!!! な・の。 一番キメたい勝負の場が続く2月、3月。 ぜひとも!爽やかで、しっとりとした肌や免疫力の高い体でいたいもの。 今回は 普段の生活で、アレルギー反応の大半を抗ヒスタミン剤、鼻腔スプレー、充血除去剤といった医療手段を用いることなく解消されるヒントをお伝えします。
又、今回は どえしても!!鼻や目の回りが気になってしまうこの時期だけに お肌を労りながらも 美しく魅せるメイクアップを目の前で。
更に美しく幸せを満喫出来るシェフのお料理を堪能していただく一夜ですのでお楽しみに!

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...いつものように、ご予約は夕子先生までお願いいたします!

堀之内夕子 523y.love-honey-uryu.0802@ezweb.ne.jp
      TEL 08067240802

☆夕子先生へFBからご連絡いただいてもOKだそうです。
ただし、お名前と緊急連絡先だけは必ずお知らせください!

☆チプレッソでのご予約は受け付けませんので、ご了承くださいませ。

料金は6000円(税込み、1ドリンク付)
開催日 2月9日(土) 
定員数 14名


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メニューの発表は今夜っ!!!!!(笑)
posted by yossy at 16:57| 鹿児島 | Comment(0) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月14日

今更ローマ(爆)

なぜこのタイトルかっていうと、日本へ帰国するのにあたしらローマから出国したんですよ。で、ローマに一泊したんで、そのときの記事をUPしようと思って加工済みの写真がデスクトップにずーーっと置いてあったんですがね。。。(爆)このままだと苦労して加工した写真をうっかり捨ててしまいそうなので、思い出す限りやっぱり最後のイタリアでのエピソードを書いてみようかと。。。


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窓の外はこんなにのどかな春の景色だったんですけど、まずこの日は朝からサスライ氏と大喧嘩(笑)。というのも、東日本大震災が起ってからずっとイタリアで、インターネットからいろんな情報を集めてたんです。成田到着便に乗る予定だったから、あの時点でみんなが話していたかなりの確率での余震や、放射能のことについて。そして最後の二日間はチェントロのホテルへ滞在していたんだけど、そこではCNNをずっと見てたのよね。で、日本と海外のメディアの温度差がものすごくて。とくに福島原発のことは、まったく持って見解が違う。ちょうど次々に爆発が起った頃でした。ものすごい楽観的な日本の報道や、政府の対応、確かに落ち着いて行動しなければならないし、そうやっている日本国民に世界は賞賛の目を向けたのだけど。。。本当に今の時点で帰国すべきなのか。荷物も全部出してしまった(でもこの時点ではまだイタリア国内の倉庫にあったし、支払いもしていない)し、イタリアでの生活は終わりで日本で新しく始めると決めたのだから、とにかく戻ろうというサスライ氏だったんだけど、あたしはこの状況で本当に日本の情報を信用できるのか?とかなりナーバスだったわけですよ。実際今となって分かったけど、あの時点でメルトダウンどころかメルトスルーなんて言葉がでるくらいの、チェルノブイリを超えるほどの状況だったわけだし。なので、その日の朝は本当だったら、銀行へ引越し荷物の手配料を支払いに行き、ローマ行きの電車に乗るまで一時間くらいはゆっくりフィレンツェの町を楽しもう♪と思ってたのに、ホテルで喧々諤々。ならば、とにかく最低でも到着地を変更してくれっ!とお願いして(ほんとうは到着地変更はできないはずだったの。日程変更かキャンセルか。でもネットでイタリアのクレジットカードで支払っていたので、口座を閉めちゃったあとだったからキャンセルも出来ずでね。。。苦笑)電話をかけてもらい、関空に到着地を変更してもらったときにはあと1時間で出発という時間。サスライ氏に銀行へ支払いに行ってもらい(この際なんでもやってくれっ!って感じで。。。爆)気がついたら、もう電車に乗らなければっ!という時間だったわけなのよ。なので、最後のフィレンツェ、まーーーったく名残惜しくもなく、余韻に浸る暇もなく、仲良しのマルコとキヨちゃんに見送られてそそくさと出発したってわけなんですの。。。電車に乗ってからもイタリア人の友達が「ほんとに帰るのか、今ならまだ間に合う。残ったほうがいいんじゃないか?」と心配して電話をかけてきてくれて。。。やっぱりなんだか複雑な思いで出発したフィレンツェだったのよね。


ま、そんなこんなでたどり着いたローマ。気を取り直してローマは半日は観光して、最後にバチカンでピエタを拝んでから帰国しようとホテルへ向かい、そのままランチへ。

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ランチは駅近くの「La Gallina Bianca」。サスライ氏のむかーしむかしの同僚でモロッコ人のムスタファがホール長。ケイイチロウといえば、分かるかも!?ここはピッツァも美味しいらしいのですが、やっぱりパスタを頂きました。

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なんだかムスタファが奮発してくれたのか、やたらいろいろと出てくる感じで。。。(笑)

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パスタも大盛りで、後から後から皿の下から湧き出てくるのか!?と思うくらいの料でした。あー、これがあたしのイタリアに始めてきたときの感覚だわーと、ちょっと新鮮なかんじだったわ。


そしてこのあとホテルへいったん戻り、サスライ氏のイタリアのマンマである肝っ玉母さん「トモコさん」と夜ご飯の約束だったんですけどね。。。

その前に大事件が!!!!!!!

ホテルに戻ったらレセプションにあたしのパスポートを持っていかないといけなかったの。というのも、この直前にパスポートの更新をしていたので、期限切れのパスポートも一緒にチケットやらといれていたら、サスライ氏のパスポートとその期限切れのものをレセプションに提出してたのよね。でていくときに「ランチのあとでいいわよ〜♪」って言われてたから、部屋に戻ってパスポートを。。。。


ないんです!!!!!!(滝汗)


パスポートがないっ!!!!!!!!!!!マジで冷や汗。。。あちこちスーツケースをひっくり返してみても見つからない。もしかして下に忘れてないかとレセプションまで行けども、あるはずがなく。。。そうこうしているうちに、時はすでに16時。再発行してもらうにも大使館は17時まで。翌日の午後イチのフライトには乗らないといけない。。。(涙)でもこういうとき、えらい落ち着くもんですね。(笑)サスライ氏にもう一度くまなくスーツケースや手荷物を捜索してもらい、あたしはすぐに大使館へ電話。ここでひとつ問題があり。。。実はパスポート以外の身分証明書になるものが旧姓のまま。Σ(゚д゚lll)ガーン  パスポートも期限がギリギリできれてしまったから、変更したものの、他のものは手続きが面倒なのでほったらかしだったのよ。なのでどうやってそれを証明するか。たまたま前の週に大使館でてパスポートを新しくしたばかりだったから、状況を説明。で、とにかくすぐに警察に行って紛失の証明書を取ってくれと。そうだよね、それいるよね。でもイタリアの警察、この時間に行っていったいどれくらいかかるのやら。。。大使館は時間外でも受け付けてくれるって言っててくれたけど、ほんとに翌日出発できるのだろうかと、軽いめまいを覚えながら近くの警察へ行かないとと報告にサスライ氏の待つ部屋へ。そして何気なく手を突っ込んだ機内持ち込み用のキャリーバックの外側にある、絶対に外側からじゃA4のファイルが入るとは思えないところに手を突っ込んだら


あったーーーーーーー!!!!!ヽ(' ∇' )ノヽ(' ∇' )ノヽ(' ∇' )ノ


無意識のうちに入れちゃったんで、まったく覚えてなかったんですけど、その中にはあたしのパスポート以外にチケットやらなにやら入っていたので、ほんと見つかって良かったよ。。。だったわけなんです。俊寛、わかりました?このエピソードがあって、ここにつながるんですよ。(爆)


とまあ、ほっとしたところで、サスライ氏がイタリアに一番初めに修行をした「TUDINI」の女将、トモコさんと夕食へ。この人から「イタリアに来るなら旅行じゃなくて、ただ働きだけど、食べるものと寝るところは用意してあげるから、やる気があるなら働きにおいで」と言ってもらえたから今があるんですよね。あのころはほんとに、こんな感じでも仕事を見つけることが出来た。やる気があって、オーナーが見つけたら一筆書いてくれて、それで学生ビザが下りてた時代もあったんですよ。もうそれは遥かかなたですけどね。(笑)そんなたくさんのエピソードを話しながら楽しい夜を過ごすことが出来ました。トモコさん、ありがとうございました。

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そしてTUDINIは、このとき改装中で中をいろいろと見せていただいたんですけど、先ごろリニューアルオープンしています。トモコさんは現役引退、息子さんのフランチェスコがお店を任されています。とはいってもトモコさんもたまにはいらっしゃるようですが。とてもおしゃれな内装に変わっていますが、スタッフは以前と同じ。以前と同じローマ料理を楽しんでいただけます♪

<TOMOKO TUDINI>
Via Principe Amedeo 27, 00185 Rome, Italy
Tel:0039-06-4817586
Fax:0039-06-4871530


そしてローマ、いえ、今回の長い長いイタリア生活最後の朝。早起きしてバチカンに行ってきました。実は入籍をしたのは昨年の4月だったんですけど、その日バチカンへ見学に行ったら、何か特別なミサがあり、法王が広場にお出ましになるとかで大聖堂に入れず、ピエタが見られなかったのよっ!(怒)大使館に婚姻届を出さないといけなかったのと、電車の時間も会ったので法王も見られずに。。。ってことで、最後の最後でリベンジだったわけです。

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少し小雨は降っていましたけど、早起きして出かけた早朝のバチカンは人もまばらで、ピエタにかぶりつき!!!!

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ここももちろんサスライ氏の思い出の場所。ここでこのピエタに衝撃を受け、ミケランジェロのようになりたいと思ったかは知りませんが、それからローマ市内にある数々の遺跡をスケッチに行き、それが最終的にあのカボチャのピエタにつながったわけなんですよね。
滑らかな大理石のピエタはミケランジェロが4つ彫ったピエタのうち、一番初めに手がけたもの。25歳の作品なんです。このピエタ以外のものは完成していなかったり、やり直したりしているということで、彼にとってもこれが一番のものだったのではないでしょうか。


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そのほかにもバチカンには大理石モザイクがあったり(これは断然ヴェネチアのサンマルコに軍配があがりましたけどね。笑)

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こんな大理石のむちゃくちゃすごい細工もあるんです。よーーーーーく見て!このドレープのかかった純白のレース、これもすべて大理石を彫刻してあるんですよ。ありえないでしょ、この柔らかさと細かさ。恐るべしバチカンです。

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他にもブロンズや、じっくり見ると本当に素晴らしい作品ばかり。そしてこのバチカンは「お金をチャリーンといわせたら天国へいける(拡大解釈)」と免罪符を販売してこの大聖堂を建てる費用を捻出したのはレオ10世。メディチ家出身のひとです。湯水のようにお金を使い、宗教改革を引き起こす種を作った人ですけど、それがあったから今のサン・ピエトロ大聖堂はあるわけですからねぇ。しかも、彼は
芸術家のパトロンであったメディチ家出身だけあって、前教皇が着手したサン・ピエトロ大聖堂の建設を引継ぎ、ミケランジェロ、ラファエロらの芸術家のパトロンとなり、ローマを中心とするルネサンス文化は最盛期を迎えたわけです。そう、ただカネを使うだけではなく、文化的な側面を大事にしていたのよ。(といえるのは今だからであって、当時は大変だったんでしょうけどね。。。汗)


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というわけでこんな荷物を抱えて、テルミニの一番奥のそのまた奥にある空港行きのオンボロ列車に乗り込み空港へ向かったわけなのよ。しかしあの列車、空港行きなのになんであんなに車体が高いの?しかも段が急で狭いから、大きな荷物を持って上がるのは至難の技。他にもホームと段差のないフラットな車両もあるって言うのに、まったく持って意味不明。いや、Trenitaliaに意味を求めるほうが悪いんだがな。(爆)おかげで、たまに列車の中に荷物を引き上げてくれる親切な人がいると思ってると、それはジプシーであとでカネをせびりに来るという、そういうのが野放しなのがイタリア、というかローマ。そばに駅員いても何も言わないからねぇ。。。ちなみにボーっとしてると、獲物だと思われて、ピッタリ後ろをくっついてきてスラレマス。もしくは席のところまでついてきて、荷物を上に上げてあげるとか、いろいろ親切なことを言われて、感謝しているうちにバックはなくなっていますのでお気をつけて。

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今回のフライトはドバイ経由のエミレーツ。とっても評価の高い航空会社で、なかなか快適な旅が出来ました。なにより眠らない空港ドバイ!しかもあちこちにワイヤレスインターネットの電波が飛んでるし、携帯電話の充電器が(しかもいろんな機種の)もかなりの数がある!!!ちなみにドバイに着いたのは確か夜23時半くらいで、次の大阪までのフライトの出発は午前2時半くらいでした。ドバイの空港でしたことは、アラブ圏のマックご堪能!(笑)これが日本帰国前に最後にしたことになるという。。。


そんなかんじで日本へ帰ってきたあたしたちだったのさっ!


つーことで、イタリア編はこれにて終了!8月になったらレストラン計画もががーーっと進むことになりそうですので、今後はそちらをぜひご期待してくださいませ♪

posted by yossy at 22:13| ローマ ☀| Comment(7) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月26日

Toscana, Umbria e Lazio 死にゆく町&またね編

二月ももう終わりです。あぁ、引越しできるんでしょうか。(爆)とりあえず今日の午後は最後のダンボールを詰める準備をしなければ。。。(汗)実はモザイクが一枚行方不明、そして自転車必須のマドバのカシミアはった手袋も不明。あぁぁぁぁ!!!!!な状況。とりあえずモザイクはなんとかもう一枚挙げる段取りをつけたけど、手袋はあったかくなったからいらないかなと思ったら、朝晩は零下にもどった先週半ば。とりあえず来週買いに行かなきゃだわ。(涙)

さて、Ameliaに行った後に今回の旅行の目玉(笑)「CIVITA DI BAGNOREGIO」へ。ここはガイドブックなどで「死にゆく町」と呼ばれる場所。天空の城ともよばれます。

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ちょうどAmeliaからCIVITAまでは一直線。高速度道路と鉄道をはさんでほぼま反対ってかんじで、一時間くらいでついたかなぁ。ちなみにそっちはラツィオ州なんですよね。ヴィテルボ県になります。途中はのどかな田園風景。道路沿いに、羊飼いにほっておかれた(笑)羊の群れが!!!子羊がたくさんいましてね。しかし、子羊がお母さんのおっぱい飲むときって、思いっきりおっぱいのある場所を頭突きしてましたよ!ちょっとびっくり。ああやったらジャーっとでてくるんですかねぇ。


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そしてこれが遠くから見るCIVITA。右側の山の上に塔がたってるやつね。その左側にCIVITAとBAGNOREGIOという隣!?町を結ぶ橋がかかってるんです。エトルリア人が2500年前に作ったといわれるこの町。そのときはこんな陸の孤島ではなかったのです。そしてオルビエートと並ぶくらい独立して繁栄していたそう。詳しく呼んでいないけれど、法王との関係も深かったのかしらね。イタリア語ですが、その辺興味のある方はこちらをご覧ください。(@A


しかし1695年と1794年におこった大地震のために、もともと粘土質の土地で土地が侵食されやすかったこともあって、CIVITAの周りが陥没、ほとんどの住人が町を捨て、現在では15人くらいの人たちが住んでいるそう。残った建物は、バカンス用として貸し出したり、イタリアのほかの場所に住んでいる人たちが同じくバカンス用として購入したりしてるみたいです。


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BAGNOREGIOの町のほうから「死にゆく町」と書かれた標識に従って歩いていくと。。。


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正面にみえるCIVITA。ちょうど夕暮れ時だったので夕日に照らされてなんとも美しくそびえていました。しかし朝早くにいっていたら、それこそ雲海に囲まれたそれはそれは幻想的な姿を見られたかもなぁ。。。ここに渡るための現在のセメントの橋(およそ300m)は第二次世界大戦後に作られたもの。実は1944年に侵攻してきたドイツ軍に破壊されたあとに再建されたものなんだって。あ、それと1867年に前の記事でも書いたけどイタリア統一を図るガリバルディ軍と法王の軍がここで大激戦を繰り広げ、1870年にここは「統一イタリア」国家に組み入れられたんだって。


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まるで大理石のような山肌でした。うねるようなこの地層と、ぽっかりと浮かぶ町。奇跡的に助かったってことよね。なんという偶然、なんという自然の不思議。しかしなんだってこんなに廃墟には猫が似合うんですかね。つーか、なんでこんなにやたら猫がいるんだろう。猫が出てくるたびに立ち止まってしまうんで、なかなか前に進めないっつーの。(笑)


夜はサスライ氏の師匠サルバトーレと、彼の甥っ子でサスライ氏とも働いていたことのあるヴィートがシェフをするレストランへ。まぁ、いろいろな昔話を聞いていたんだけど、子供もできてすっかりすっかり貫禄というか、やんちゃはやめたらしいヴィート。(爆)古きよき時代を共有した仲間がしっかり自分たちの道を歩んでいるのを見るのはいいもんですね。そして翌日はパトリアルカに別れを告げてフィレンツェへ。サスライ氏のヤボ用の間部屋にこもっていたあたし。彼が戻ってきて廊下をあるいていたら、忍び足で(爆)あたしたちへのお餞別を部屋の前におこうとしていたサスライ氏のことが大好きなパトリアルカの肝っ玉お掃除おばちゃん、フランチェスカ。部屋の前に来たところで、サスライ氏に背後から「なにやってんの!」と声をかけられ無残に計画失敗!(爆)みんなで大笑いでした。9年同じ場所にいるというのは、イタリアで修行をする料理人にしては珍しいことだと思います。とても流動的だし、なにより様々なものを吸収して独立するために来ている人たちが多い世界だからね。彼と同じく、他のホテルのスタッフもずーーっと変わらない。またいつ来るのか分からないけど、そのときも同じ笑顔と、同じ口の悪い冗談が待っていることを期待して。。。


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サスライ氏がその当時の同僚と植えた糸杉。種から植えた木がこんなに大きくなってます。次はもう木陰ができるほどになってるかなぁ?あ、糸杉だから陰は無理か。(爆)


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そしてあたしはこの旅行の記念を一つ作ることにしています。


posted by yossy at 21:09| ローマ | Comment(2) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

Toscana, Umbria e Lazio Amelia編

天気がよくてポカポカ陽気になったとたん、花粉症のようです。(涙)それに家の中が荷造りでものが散乱中につき、掃除が甘いのでハウスダストもあるんだろうね。家の中なのにくしゃみが止まらないし。。。ううううう。鼻のかみすぎで鼻の下にヘルペスができてしまいましたよ。先月もでたんだけど(左の鼻の穴の下)、治った!と思ったら今度は右の鼻の下。もうかさぶたになってるけど、色素が沈着しちゃうから、なんだか鼻の下が茶色い。。。(爆)とりあえず鼻うがいはかかさずに!ですね。

さて、ショートトリップの続き。

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前の夜あんなに食べたのに、朝にはおなかがすくのは健康的なのか、なんなのか。。。パトリアルカの朝食はこんなに優雅なかんじなのですよ♪ながーいテーブルにてんこ盛りの朝ごはん。パン、ケーキ、フルーツ、ヨーグルト、ハム、などなど。アメリカン式の朝食は目玉焼きとかいろいろつくけど、いわゆるヨーロッパ式だとパンとコーヒーという質素なものだもんね。こんなドレープのかかったテーブルクロスを見るだけで、なんだか優雅!(笑)サスライ氏は「朝食、準備するばかりで、今まで食べてなかったから、いろいろ味見したい!(←いや、味見も何も、キミが作っていたんでしょう!?)」と食べてましたがね。実は先日ちょっと腰に痛みがでたときに(サスライ氏が)あたしの工房の同僚リトアナのダンナさんで医者のパオロに診てもらったら「とりあえずダイエット。というより、砂糖・コーヒー・卵・酵母のはいっているもの(パンとか)・乳製品はやめとけ」といわれたんだよね。「じゃー俺は朝ごはんに何を食べたらいいんだっ!!!!!」と。その通り。イタリアの朝ごはんでこれ食べられなかったら、いったい何を食べるのか!?パオロ曰く「和食にしとけ」だそうで。あぁ、日本人だからそれもできるけど、イタ人だったらどうするんでしょうね。。。と、この朝モリモリ、パトリアルカの朝食を食べるサスライ氏。「パオロに言いつけるぞ。笑」ってかんじでした。

そしてこの後はあたしの仲良し、COSMOと、彼が今プロジェクトにかかわっているレストラン&スパを見学。。。の予定が連絡つかず。とりあえずウンブリア州、アメリアまで行くことに。この日、朝からものすごい霧でパトリアルカの部屋からもまるで雲海に沈むホテルって素晴らしい風景が見られたのだけど、高速からも白い霧の向こう側にかすむ木立とうっすらビロードのように広がる緑の大地が素晴らしい風景を堪能。そうこうして連絡のつかないまま(爆)アメリアに入ってくると目に飛び込んできたのがこれ!

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羊が一頭ぶらさがってます。。。ま、ここではこういうの、わりと当たり前。フィレンツェの老舗レストランで伝統料理を食べさせるチブレオの前に止まっていたトラックは後ろのドアをあけると、子豚が何頭もぶらさがってたって写真みたことあるし。羊の奥には牛のロンバータがぶら下がってるし。こういうナマの食材(ぶつ切りになっていない)を見るのは、大事なことだと思います。


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アメリアについたものの、連絡はとれない、ってことでまず街を散策に。といっても、この辺りによくある、山の上のほうにある旧市街は要塞も兼ねていたもので、石畳の細い急な斜面をずっと登っていくとそこからウンブリアの景色がぐわーーーっと広がります。

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この時期は観光客もいないし、なによりここはちょっと観光ルートからは離れた街。ほんとうに時間の止まったかのような場所。それでも時期的にオフシーズンなのか、家の修繕(たぶん夏になるとバカンス用に貸し出すんじゃないかな)をしてたりしてました。でもなんというか、みんな知ってるって感じのイタリアの古きよき田舎だなぁ。

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待てど暮らせど連絡は来ないし、次に行かないといけないので、ふと思いついた彼の知り合いがやっているホテル&レストランにお土産預けに行くことに。そしてちょうどお昼時ということで、この辺りのお料理をシンプルにだしてくれるレストランのほうでお食事をすることにしました。

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COSMOの幼馴染のやっているこのアニータ。13時半過ぎると地元の家族連れやドカタの人たちなどが入れ替わり立ち代りでやってくる食堂みたいなレストラン。キッチンは年季の入ったおばさま二人。まさにマンマの味を堪能!野菜もゆでただけのような感じだけど、しっかりと野菜本来の苦味や甘さがぎゅっと詰まっていて、そりゃぁおいしかったですよ。そしてこのランチタイムにCOSMOから電話が!あーよかった!!!5分後くらいに現れたCOSMOはまるで現場監督のようないでたちで、さっとパスタを食べてからあたしらを現場まで案内してくれました。

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とりあえず来月の復活祭までにはレストランだけでも開けたいのだそうで、現在突貫工事。やっぱり不況の影響でなかなか工事が進まずに大変だったみたいだけど、超お金持ちのパトロンがいるようで、内装はとってもシックで上品なものになっていました。ディティールがすべてにおいて雑誌から抜け出たようで。部屋の壁も一部屋ずつそれぞれ違う色で、それにあわせたシャンデリアはムラーノ!!!ここは宿泊もできて、スパもあり、そしてチャペルも作る予定なんだけど、すべてが出来上がるのはまだ未定。でももともとワインセラーのついている小さな屋敷を改造してのこの建物、できあがったら、田舎のラグジュアリー・プチホテルになる予感!まだまだ先は長いだろうけど楽しみなプロジェクトです。

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アメリアに行くには、オルビエートの先、オルテという駅で降り(オルテはもうラツィオなのよ!)アメリア行きのバスに乗るのが一番。とはいっても何もない街ですがね。何もないところで、何もしない贅沢ってのもあると思います。ほんとうは車で宿泊しながらこの辺を回るのが理想的なんだけどね。


そんなあたしらは、この後「死に行く街」チビタ・ディ・パーニョレジョへ。その前にあたくしは工房へ行ってまいります。CIAO!


Ristorante Albergo ANITAVia Roma, 31 -05022 Amelia (TR)
Tel. (+39) 0744.982146 - Fax (+39) 0744.983079
email: info@albergoristoranteanita.it
web : http://www.albergoristoranteanita.it



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2011年02月18日

Toscana, Umbria e Lazio 

シンガポールへ昨日飛び立ったサスライシェフ。ローマに一緒に行って、彼を見送った後、日本大使館にパスポートの更新にいったり、ローマのMIKAさんとの初対面を楽しんだりしていたら、あたしがフィレンツェに帰るよりも早く、彼は乗り換え地のDUBAIに着いていました。(笑)そして今朝あたしが起きたころにはシンガポールという、なんだか摩訶不思議な感じで。地球が丸いからなのよね、なーんて。

ということで、先週は最後のドライブをかねて、サスライ氏のお世話になった土地へ行ってきたのよね。ついでにあたしも仲良しCOSMOが実家のあるウンブリアに引き上げてきていることもあり、そこに寄ったり、そこからすぐ近くの例の天空の町に行ったりしたの。ま、ここから先はサスライ氏のブログとかなりかぶるから(笑)なんなんですが、とりあえず、今回のメインはサスライ氏が9年お世話になったパトリアルカに宿泊して、あの辺いったいにいる同僚、シェフ仲間に挨拶することだったわけ。あたしは二年前に初めてパトリアルカに行ったときに泊まっているのだけど、従業員だった彼は初めての宿泊!!!いや、パトリアルカの従業員部屋に寝泊りしていた時代もあったそうですが、そこは二人とか三人同居のたこ部屋ケン着替えもする場所、みたいな。。。(笑)

で、今回泊まったのはジャン!

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ジャジャーン!!!!


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スイーーーートを用意してくれた、粋なパトリアルカオーナー!鍵を渡されて、自分たちで部屋まで上がっていったんだけど、長い廊下を行けども行けども部屋がない。一番奥がスイートだって知っているサスライ氏、かーなーり驚いておりました。(笑)従業員部屋からいきなりスイートに昇格!!!ま、10年は月日がながれておりますがな。さて、このスイートの名前「Giulietta Masina」とはかの、フェデリコ・フェリーニ監督の奥さんの名前。この二人、頻繁にパトリアルカを訪れていたそう。ですが、別々に寝ていたようで。(笑)パトリアルカに二つあるスイートは一つがフェリーニの名前、もう一つが奥さんの名前となってるんだそうですよ。

しばしスイートの余韻に浸った後は夕暮れ時の散歩へ。向かったCETONAという車で10分ほどの町は、はじめてパトリアルカに来たときにサスライ氏、スポンジシェフとあたしの友達4人でお茶を飲んだところ。あの時はちょうどフェラゴストの前日で燃えるように暑かったんですよね。。。(笑)あのときに溶けるような太陽の下で飲んだコーラは美味しかったんですけど、あたしはこんなところでコーラ飲むよりホテルで泳ぎたいのだよ。。。と心の奥でつぶやいていたのですがね。そんなことを思い出しながら、この町の展望台まで散策に。

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人家の間にある急な石畳の道を抜け、木が生い茂る細い道を抜けると、目の前に広がるパノラマ。ちょうど夕暮れどきのやわらか空の色と、どこかで野焼きをしている煙が、あぁ、田舎っていいわーとしみじみ感じさせるひと時でした。

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霞みゆく空をみていたら、なんとなく清少納言の有名な「徒然ナルママニ枕草子」を思い出したけど、あの空と山の描写は春の明け方のことだったわね。トスカーナは、というか、イタリアは本当に田舎で、そしてイタリア人は田舎が好き。ここでのんびり三昧していたあたしたちですから、鹿児島でも都会!!!って思うくらいなんですよ。(笑)

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廃墟には猫がやたら多いけど、こういう小さな町にも猫が多い。あの夏の日にも、たくさんの猫が好き勝手にあちこちでおなかを上にしてダラーーーーーンと寝てたなぁ。(笑)さすがに冬は猫も寝てばかりはいないようで、店番したり、後ろからついてきては、なんだかあたしの足の間をぐるぐる回っては、なんだかにおいをこすりつけてみたり。犬だったらおしっこしてただろうから、まぁ、猫でよかったわ。。。。

とっぷり日が暮れてホテルに戻り、その夜はオーナー家族と年明けにもTボーンステーキを満喫したタベルナへ。久しぶりのナポレターノ・歌うカメリエレ(笑)アルフォンソとも会えて、非常に楽しい夜を過ごしました。オーナー夫人が子供と引き上げ、お客さんがだんだん帰り、残ったあたしらとアルフォンソたちで2時近くまでしゃべる、しゃべる。。。最後のほうはナポリで生きるということについて、非常に衝撃的な話をききましたよ。いやぁ、すごいわー。あれを生き抜いてたら、どこでデモやっていける才能や、状況を判断して生き抜いていくこと、そして相手を出し抜くことを学ぶわね。。。



とこんな感じで一日目が終わったのでした。続きはまた今度。(笑)



posted by yossy at 06:03| ローマ ☀| Comment(4) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月07日

ABBAZIA DI SAN GALGANO

再来週の頭にはお別れの我らが愛車をこきつかう楽しむために、天気のよかった昨日はシエナの南にあるABBAZIA DI SAN GALGANOという廃墟となった教会と、そのすぐそばの丘の上にある岩に剣が刺さっていることで有名なCAPPELLA DI MONTESIEPIへ。しばらくぶりの澄み渡る青空に、風もないポカポカ陽気。スタジアムに先週行ったあと、どうも花粉症勃発でくしゃみが止まらなかったのだけど、とりあえずそれも大丈夫そうなのでほっとしながらのドライブ!

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フィレンツェから一時間ほどで着いたサンガルガーノ。糸杉の並木の上にあるのがモンテシエピのチャペル。そして右側に目を移すと、ジャン!

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これが現在は廃墟となっているサンガルガーノの教会。屋根が全部落ちてるの。巨大な廃墟がなんの音もしない広大な草原にポツリとたたずんでいる風景でしたけど、青空と緑の草のコントラストで退廃的な感じではなく、とてもとても静寂と荘厳さを感じました。

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開いていた鉄格子の扉から入ってみると。。。。

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天井がすべて落ち、ガラスもすべて崩れ落ちてしまった廃墟が。かつて覆われていたところからは水彩画のような青空が、そして荘厳な大理石だったであろう床の部分は緑色の草があちこちにビロードの絨毯のように生えていました。

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回廊部分の大理石はかなり磨耗していましたけど、まだまだしっかりしている様子。かつてはここから差し込む日差しに輝いていたであろうステンドグラスのあとには、長い年月手が入らなかった証拠に草が生えていました。でもなんというか、諸行無常って感じで好きだったわ。

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ここの歴史は1148年に始まります。というのも、この年にガルガーノ・グイドッティという人が生まれます。彼は高貴な生まれで騎士として若いころを過ごしますが、その中世の時代というのは混沌としていて、暴力に満ち、その中で彼は傲慢な青春を送るわけ。なんだけど、だんだんそういう人生に嫌気がさして、あるときモンテシエピに引きこもることを決断、そこでその時代にはそぐわない、平和と神への祈りの生活を始めるわけ。そして1180年、その証として岩に自分の剣を刺したっていうのが有名な伝説となったわけ。彼はその翌年亡くなっているのだけど、そのあと1185年にその当時の法王ルチオ3世により聖人とされています。

このあと行ったモンテシエピのチャペルのほうは1183年にヴォルテッラの司教の命によって建設が開始(もちろん司教もガルガーノのうわさを聞きつけて、その剣のある場所に建てたってわけね)されているのだけど、この廃墟であるサンガルガーノの教会のほうは1218年に建設が始まります。シトー派の修道院として1288年に教会として正式に認定。建設にはシエナ、サンジミニャーノ、ヴォルテッラなど近郊の町の貴族からのお布施がかなりあったようで、完成後シトー派はかなり勢力をこのあたりで伸ばしたようです。そしてその経済的文化的繁栄のおかげでシエナ共和国との関係がとても強くなるの。フィレンツェと覇権を争うほどの繁栄した共和国であったシエナはここの修道士をシエナ共和国の金庫番の頭に任命、そのあとシエナに水を運ぶための水道橋の建設を依頼したり、シエナのDUOMOの建設の折にはいの一番に技術者としてここの修道士たちが駆り出されたりしたんだって。

しかし14世紀になってすでに陰が落ち始めます。ヨーロッパ中を襲った飢饉やペスト、山賊のようなグループに荒らされたりで、15世紀になってすぐ、シエナにガルガーノ宮を建設、修道士たちはお引越ししちゃうの。そりゃ、あんなだだびろいのっぱらに建ってたら、守れないもんねぇ。。。でもって、誰もいなくなったこの場所、シエナ共和国と法王でどっちのものかの争いが勃発!そうすると、強いのは当然法王。1506年にその当時の法王、シエナの聖務停止を通告。理由は別にあげての通告だけど、用は、刃向かうならこうするぞ、の見せしめだわね。ま、これに屈せずシエナは聖職者に、そんな通告は知らん!と普段どおりの聖務活動を行わせたそーで。その後1503年にある修道院長に管理を任せるんだけど、ここから修道院の凋落が始まります。なぜって?屋根の留め金である鉛を外して売り飛ばしたりはじめるのさ。(爆)1576年には修道服も着ていない修道士!?が管理してたみたいだけど、そのころには窓もぜーんぶ割れてしまっていて、ほぼ廃墟となしていたみたいです。その翌年からいちおう修復は試してみたんだけど、まったく意味を成さず。。。1700年代に入ってからはもうどんどん崩れ去る一方、駄目押しは1786年の落雷で、教会に付属する塔(鐘があるところ)も崩れ落たのよね。幸いにも鐘は残ったんだけど、そのあと結局とかされて青銅として売っぱらわれたんだそうで。(汗)その後日は1789年まで鋳造工場として使われ、その後神聖性を除かれた(SCONSACRATA)というわけ。いやぁ、波乱万丈!!!1926年に始まった修復で、現在の形をとどめられることになったらしいよ。


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この廃墟、時折ハトの飛び去る音が響き渡って、それはなんだか物悲しい感じだったわ。なんというかあのバサバサバサって音は、廃墟であることを際立たせるよね。。。


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廃墟となった修道院を堪能した後は再び来るまですぐのチャペルのほうへ。

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円形の教会です。。。とその前に猫の家族が庭で遊んでいるではありませんかっ!!!!猫マニアなあたし、教会はこの時点でどうでもよくなっていたりして。。。(爆)

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この子は一番小さくて、なぜかいつも離れていましたけど、やけに人懐っこくて。

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残りの3匹はお母さんと兄弟。これぞ野生!って感じでガシガシ木登りしていました。教会の横の売店をやっているおばあちゃん曰く、たまに降りられなくなるんだって。(笑)そんなことで、サスライ氏のカメラをもぎ取って、写真を取り捲っていたら「もういいでしょ。。。」と諭され(爆)教会へ。赤い細長いレンガを隙間なく埋め込んで作った小さな円蓋の中心の真下にありましたよ、岩に突き刺さった剣!

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これが(これだけではないようだけど)奇跡の一つとして、聖者となったガルガーノ。最近の検査で剣は12世紀のものとなっているらしいですが、いずれにしてもこんな人里離れた小さな小さな教会で見たこの剣、周りにそれを売りにする売店の並びや(笑)看板などもなく、ひっそりと、そして綺麗に清められた教会の中では、それがきっと本当なのだろうと感じられました。


このあとはまずランチへ。一番近くの町、MONTECIANOに行くも、お目当てのトラットリアは閉まってる。。。しかも町中がシーンとしていて、人通りもなく、通りの店にはシャッターが下り、散策したところで何か食べられそうな雰囲気もなし。次に行くのはMONTALCINOだったので、とりあえずそっち方面まで車を走らせようかと、町に入るところにある広場まで戻ったところでENOTECAが開いているのを発見。このあたりで生産されるBIOの赤ワイン(これがやたらとおいしかった!)とサラミや生ハムのサンドで腹ごしらえ。シンプルだけどこんな贅沢、もうすぐできなくなるからねぇ。。。

そしてその後はMONTALCINOへ糸杉の写真を撮りに。途中の道がかなりクネクネでずっと寝込んでいたあたくしですが、目が覚めたらこんな風景が待っておりました。

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そう、有名なオルチャ渓谷の糸杉の群れ。緩やかなトスカーナの女性的な丘の上に伸びる糸杉の影と、この青空、そしてビロードのような緑の草。ああ、なんという贅沢。。。これ以外何にもないけれど、これだけで心がとっても満ち足りるんです。

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こちらは、ちょうど逆光になってるみたいだからと、トラクターでおこしたばかりでちょっとぬかるんだ丘を横切ったところから撮ってみた写真。でも影が伸びるほうが雰囲気があっていいと思う。ちなみにこのあたりの土はとても粘土質。少し黄色がかっています。シエナで取れる大理石の一種はもちろんモザイクにも使い、ジャッロ・ディ・シエナ(シエナの黄色)といいます。山吹色っていうか。顔料にもなっていますよね。

この素晴らしい景色を保護するため、実はイタリアではとても厳しい法律があります。「風景は国民の財産である」と憲法でちゃんと謳われているんだって。自分の土地であっても勝手に開墾、木の伐採はできないし、市に届けないといけなかったり。そして建物を建てるのも、かなり細かいところまで決まっているんです。そのあたりはPDFですが、このリンクに書いてあります。(@A)ちょっと読みにくいですけど。


日本に帰るにあたって、この景観については見習って欲しいところなのよね。。。
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2011年01月16日

サンマルコ寺院を別の角度から堪能

ヴェネチアから戻ってきてまる一日たったんですけど、ずっと椅子に座っているとそのうちなんだか体がぐらぐらしているような気がするんですよね。ヴァポレットのゆれがまだ続いているという。。。(笑)なんというか、ちょうど時差ぼけの時もこんな感じなんです。三半規管のとっても弱いあたくし。。。

さて、いろんなここ数日の旅行記についてはサスライ氏にまかせるとして、あたしは個人的にヒットしたものをいくつかご紹介。ヴェネチア、たぶん4回目くらいなんですけどね、今まで何をみていたんだ?と自問自答してしまったサンマルコ寺院。

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目もくらむほどの黄金のタイルを張ったビザンチン様式のモザイクの天井画が有名なサンマルコ寺院ですけど、今回のあたしのヒットはなによりも外壁から床に至るまでさまざまな天然石がはめ込まれ、その模様で彩られているということ!!!!!!

オニキスや色大理石をはじめ、トスカーナでの石拾いでもおなじみのもの、工房にあるものなどなど、とにかくものすごい種類の石がはめ込まれ、壁もその石をスライスしたものを左右対称に張り合わせて模様を出していったり、円柱の縞模様もオニキスの天然の縞だったりと、かーなーり興奮しましたよ!みんな上むいているのに、あたしだけ床のタイルにかぶりつきっ!!!!(爆)

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様々な色大理石の標本のようなタイル張りの床はあたしには圧巻でした。それ自体で石の勉強になるし!(笑)マエストロと来てたら楽しかっただろうなぁ。。。最後に来たのも8年位前だし、そのことはまだモザイクも始めたばかり、イタリアにもまだ来てばかりのようなかんじだったから、ガイドブックを頼ることも多くってそこまで気がついていなかったのねー。もう最近は、ガイドブックさえ持っていかない行き当たりばったり旅行ばかり。。。(笑)

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こういうマニアックな楽しみっていいわー。ぜひ次回はみなさまもご堪能あれ!
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2011年01月14日

Viaggio in toscana, a Venezia

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ご無沙汰しています♪相変わらず咳が止まらないyossyです。ううう、今年はちょっとこじらしてる予感。。。(涙)さて、昨日ヴェネチアから戻ってきました。うちの妹夫婦がきてたもんで、みんな一緒にヴェネチア行ってたの。かなりぶりのヴェネチア、霧に埋もれてましたが逆に風情があってよかったかも。ヴェネチアに行く前にも、サスライ氏前職パトリアルカでT-bornステーキ食べるっ!(これがほんとにおいしかった。。。)ツアーとか、その前には鹿児島から年明け早々こちらに来ていた仲良しの友人たちとトスカーナ・かなりマニアックな芸術探訪やらで、今年は明けてからなんだか盛りだくさんだったのよね。ということで、今日はおとなしく、お昼はうどんでも茹でようか(爆)と思っています。しかも素うどん。。。

旅行記は。。。うーん、そのうちに。。。その前にサスライ氏がドンドンUPしてくれる予定ですので、そちらをお楽しみにっ!(笑)

posted by yossy at 20:14| ローマ ☁| Comment(0) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

最後まで目の話せないオランダ旅行 帰国編

本日でサスライシェフ、ベルコーレの仕事が終了です。とはいってもこれから2月の半ばまでちょこちょことお手伝いというか、最後の引継ぎに行くわけだけど。あたしも実はルーティーンで行けば週に一度のヘルプの日だったので、最後を見届けられるわーなんて思っていたら、一昨日からの声が出ない状態がさらに喉の奥が擦り切れるみたいな咳に変わっちゃいましてね。(涙)声は変声期のダンシみたいだし。しかもアブデルもまだ風邪が抜けていない→あたしは明日から遠出が増える予定→今日行って、また二人でうつしあいしたら意味なし、ってことなので、再び外出禁止令がでました。(苦笑)もとい、ベッドからもでてはいけません令でした。うち、寒いのよ。リスカルダメントつけてもあんまり変わらないから、暖かくするのならいっぱい重ね着するか、寝るかってとこで。(爆)ということで、昼間寝ておりましたので、少し調子が戻ってきました。ここで外出するとまたしゃべるから直らないんですよね。重々承知の輔。。。

ってことで、暇つぶしにオランダ、最終章を!!!!!!!

この日は朝5時半起き、8時50分のフライトだったんですよね、確か。まず6時半前にホテルでタクシーを呼んでもらうも、20分はかかる!?そうで、早朝の広場へ。だって、朝の支度をしながらつけたテレビで、例のテレビ番組当たり前だけどやっていたんだもん!

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テレビで見た人と同じ人やーーーーーっ!となんだかちょっと興奮気味。ガラス張りのDJブースには簡易ベッドまで用意してありましたけど、24時間x6日間さらし者状態ってのもなんだか大変よね。。。

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朝早くから、ガラスに張り付く人たち。。。昨夜とは違って、数えられるくらいでしたけど、そのなかには被り物したり、子供が描いた絵と寄付金を一緒に持ってくる家族連れとかいました。そうこうしているうちにタクシーがやってきて無事予定どおり空港へ到着。チェックインも朝食も無事おわり、8時20分に搭乗。そして飛行機に乗り込み、シートベルトを締め。。。


そう、飛行機に乗り込んで、シートベルトまで閉めたんですよ、奥さん!(爆)


そしてスチュワートの挨拶のあと、機長のアナウンスが。。。「みなさん、おはようございます。当機は前方の車輪がでる入り口のところに問題がありまして。。。30分くらいの修理の予定ですので、そのままシートベルトをしてお待ちください。」


ま、ね、30分でも、もう眠たいし、めんどうだからこのまま待ったほうがいいよね。。。とサスライ氏と話した2分後、


「申し訳ない。ちょっと時間がかかるようです。予定出発時刻は11時半なので、手荷物もって出発ロビーでお待ちください。」ガ━(゚Д゚;)━ン


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がっくり来てもしょうがない。。。手荷物を持って出発ロビーへ。まだ出発する人も多くなかったロビーのカフェの人テーブルに陣取る。そしてそこから飛行機を降りる人を眺めつつ、「やっぱりタダでは帰れないねぇ。。。」なんて軽く考えてたわけですよ。飛行機の前輪部分を眺めるクルーたち。そのうち飛行機に戻り。。。修理をしに来る人を待てど暮らせど誰も着ている気配がない!!!!!!いや、一人にーちゃんが、その部分に電気をおくるための装置をつなぎに着たんですよ。それっきり放置される機体。。。そのうち出発時刻になるであろう11時半が近づいたところで「ピサ行きは、技術的な問題で遅れます。更なる予定時刻は12時半」とアナウンスが流れる。。。うう、これってイタリア鉄道状態!はじめの遅れが5分だったのに、気がつけば2時間半とかになっている、みたいな!!!!技術的な問題っていっているのにもかかわらず、相変わらず誰か来ている気配はないし。

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朝早かった皆さん、もう大口開けて寝てますから。。。サスライ氏は「多分もっと遅れるから、ご飯確保したほうがいいよね」と12時前にお昼ご飯用のパニーニを余分に購入!そうして待つことさらに一時間。。。

「ピサ行きは、技術的な問題で遅れます。更なる予定時刻は13時半」キタ━━━━(゚Д゚)━━━━ !!!!!

このとき既に本当だったら家に戻っている時刻。(爆)ここでライアン、この飛行機に乗る予定の人たちに一人5ユーロのお食事バウチャーを配るんだけど、我慢の限界のイタリア人(そう、イタリア人ってイタリアでこの程度のことはかなり頻繁に起こるのに、この手のことには我慢ができないのよね。爆)バウチャーを配るおねーちゃんに大激怒。ムダヤネン。。。ってかんじなのに、エキサイトする自分に更にエキサイトしちゃった太目のにーちゃんのところには、最終的に警察官まできちゃったし。(汗)あたしらはそれを横目に「あーあ、もう少し早かったらよかったのにねぇ。もう昼ごはんかっちゃったよ。。。」ともう一度食料調達に!(笑)しかしこのあと、このバール、食料品が足りなくなって大変だったのですよ。あ、しかしバウチャーのたったの5ユーロでは、実はパニーノ一個くらいしか変えなかったんだけどね。(大汗)そしてご飯を食べ終わったら、

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寝るしかないのですよ。。。こういうときにipadとかあったら時間つぶしになるのね、きっと。ipadどころかiphoneもスマートフォンも持っていないあたしたち。サスライ氏はお絵かきグッズを買いに行ったものの、眠気には勝てず。。。

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しかし、この間、たくさんの人たちがやってきては旅立っていったんですけどね。寝る意外にやることといったら、人間ウォッチング!!!!で、あたしのまわりにいた人たちの中で、この二人がイケメンカップルに選ばれました!!!ダンナさんの笑顔がとってもステキで!!!!(笑)子供ちゃん二人も、特におにーちゃんは、昔のキムタクみたいなロンゲ(推定10歳)で将来有望でござんしたよ。でもこの家族、お友達家族とポーランドにいくみたいだったのだけど、あともうすぐで搭乗時刻ってとこまで待たされて、到着地の天候のためにキャンセル→預け荷物とって帰ってね、というあたしらが一番恐れていたパターンで帰って行きました。。。いや、ほんとこの週はヨーロッパの大多数の空港でこういうことが繰り広げられていたんですよね。クリスマスあとの記事で、パリには10万個くらいの預け荷物が放置、どーするんだ!みたいなことになっていたけど、持ち主のところにもどったんでしょうかね。。。


しかし待てど暮らせどアナウンスのない、そして修理をしている気配もないあたしらの機材。。。時刻は既に15時。つーか、ここで待たせるだけ待たせておいて、やっぱり無理!なんてことになったら最悪だわね。。。と一抹の不安が横切ったところで、


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「ピサ行き、搭乗手続きを行います。ゲート1へお向かいください!」゚ヤッタァァァァヽ(。´Д`。)ノ バンザァァーイ゚

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時刻は16時、無事に飛行機へ乗り込みました。飛行機を下ろされてから7時間半。。。あぁ、長かった。スチュワートに「やっといけるね!」といったら「だといいね。」と笑顔で返されましたけど。。。え、まだ何かあるんか!?とブラックジョークでありつつ席に着き、座席ベルトを締めたところで振り向くと寝てるし!!!!!(その隣のオネーちゃんも!爆)

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しかしここからも長かった。長い間外に出ていたこの機体、翼が凍ってしまっていたらしく、消防車のような車が来て、熱いお湯で翼を溶かす作業が待っていたんです。この作業に一時間はかかりましたよ。。。すっかり寝込んでいたサスライ氏がふっと目が覚めると、まだ機体が動いていないのに動揺しておりました。(笑)


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一時間かけて翼を溶かし、そのあと他の定刻フライトを避けるためか、20分以上移動してのフライト。。。結局飛び立ったのは18時になろうとしたくらいでしたよ。あ、ちなみに、何でこんなに遅れたかって言うと、交換するための部品がこの空港になかったから、だったんです。。。(涙)実際の交換は機長が言った様に30分で終わったわけだけど、ない部品を取りにどこまでいったのか6時間半はかかったってわけ。。。


とにかく無事にピサについたあとは、スムーズにフィレンツェまで戻ってくるバスに乗ることができ(スムーズじゃなかったときはこういうとき)、家に戻ってきたのは21時でした。。。そう、帰りも15時間かかったわけですよ。(爆)ま、何度も言いますけどね、この週は帰ってこれなかった人、行けなかった人が何十万人とかいたわけですから、行けて、楽しんで、戻ってこれただけでも幸せだったわけなのですがね。


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あ、そういえば、忘れていた。アムステルダムでみかけた、ポールのうえのXXXですがね。あれは「アムステルダムの紋章」についているXXXなんですよ。このXは「サルタイアー」といって聖アンデレ十字の意味なんだそうで、スコットランドなどの国旗にも使われいてる模様なんですね。そして現在はアムステルダム市の紋章として使われているので、ああいうふうに使われていたってわけ。そりゃ、そうだよね。いくらフリーダムの国だからって、それはないもんね。(爆)ひとつだったら別にそうは思わなかったんだけど、3つ並んでるからすっかり勘違いしちゃいましたよ。あはははは。でもあたしと同じ質問している人もいるから、あたしだけじゃないのよーーー。



いやぁ、旅にはいろいろつきものですね。よくよく考えたら、毎回いろいろあってるんだよね、実は。スペインでもおなか壊してるし。。。これもまた旅の醍醐味ってことで、あまり時間もないのだけど次回はどこにいこうかなぁ。。。


追伸 サスライシェフ、ベルコーレでのお仕事お疲れ様でした。2年という短い間だったけど、あなたが来てくれたおかげで、いろんな笑いのレベルモチベーションもあがったし、店もいろんな危機を乗り越えて、ミシュランに載せてもらえるようになりました。ありがとう!!!さ、いよいよ次のステップですぞ!がんばろーぜーーー!!!!
そして皆様、ベルコーレ、サスライシェフの太鼓判つきで、このままの路線でガンガンいきますので、今後ともよろしくお願いいたします。
 
posted by yossy at 03:08| ローマ ☀| Comment(3) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月06日

極寒のアムステルダムを行く二日目

すっかりアムステルダムが忘れられてきている今日この頃。(あたしがね。笑)これからまたいろいろとショートトリップもありますので、今日中にイタリアまでどんなに苦労して戻ってきたかを皆様へご報告したいっ!!!!ってなことで、寒くて寒くて行き倒れになりそうだった二日目から。

すでにこの日、二日目にしてアムステルダムを後にしないといけなかったので、朝一番で駅へ荷物を置きにいき、朝ごはんはここ!スタバ!!!!!!

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もちろんこれもスタバ人生初めて!っていうサスライシェフの社会科見学。(笑)二人でだいたい10ユーロくらいでしたかねぇ。いや、もっと払ったかしら?とにかくやっぱり全体的に高いですね。そして、もっと気軽に入れるBARみたいなのがない。。。(涙)このあと13時にダム広場で10年ぶりに語学学校で一緒だったおじいちゃんとの待ち合わせがあるので、それまで、時間が有効のトラム(路面電車)チケットを使おうぜ!ということで、跳ね橋を見に行くことに。トラムの路線がいまいち分からなかったんだけど、たぶんこれで大丈夫なんじゃないか!?というのに飛び乗り。。。でも降りる場所がよく分からず、気がつけば目の前には昨日のハイネケン博物館が!これはかなり行きすぎじゃないか(っていうか路線が変わってる!ガイドブックが古すぎた。。涙)ってことで降りてみるものの、地図上ではわりと近い(歩いて10分程度)の跳ね橋、この雪ではシンシンと冷えに冷え、もうだんだん気持ちが萎えてくるあたくし。「もう無理。。。」と何度も遭難した南極観測隊状態のあたしでしたが、止まった所で、暖かいものを取れる場所もなく(すっかり住宅街)口数も少なく雪の中を歩き続き手30分ほど。

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橋が見えましたよ。橋から見える川もかなり大きいのですが、かなりのぶぶんが凍っていました。。。(汗)寒いはずや。。。ちなみにこのとき午前11時半でマイナス2度。真っ白な雪雲がどこまでも続き、暖を取る希望もなく。。。(爆)

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これってゴッホも描いているんですよね。この雪の中も、みなさん自転車や子供そりでうろうろされていました。そしてとにかく帰ろうぜ!と歩いてみるも、帰るためのトラムの停留所が見つからない。たぶんこっち!と地図大得意のサスライ氏にも、地図はまったくダメなあたしは、寒さでもう脳みそが凍結中、どっちでもいいけど、早くトラムに乗せてくれ。。。とカメラを向けられてもまったくの無表情。(爆)

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ちなみに、アムスの家って、結構細長いのよね。どうも階段も狭くてかなり急傾斜らしいの。で、窓が大きいから、引越しの荷物とか外からいれるんだって。なので、必ず建物の一番上にフックがつけてあるの。写真のやつは電動式のワイヤーがつけてありました。お買い物とかも、下からするっと上げられたりして便利なのかしらね?そしてここにもあった、この前もみたXXXのポール。(爆)

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あと、自転車がおもしろい!!!これなんか、一番後ろのベビー椅子いれたら、なんと子供3人乗せられる4人乗りの自転車で、珍しくないのよ。けっこうこれで街中をスイスイ行ってる人たちを目撃。さすがチャリの国。でも同じチャリの国中国ではこんなの見なかったなぁ。。。と、そうこうしているうちに無事トラムに乗り、ダム広場へ。昨日締め出されたデパートでトイレにいってから、時間つぶしに広場の向こう側にあるアンネ・フランクの家と西教会を見に行くことに。寒いから、すぐ来たトラムに飛び乗ってひと停留所。もう一歩も歩かないわよっ!のスタンス。(笑)

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しかしオランダの家って、なんか、傾いている建物もあるんだけど、あれは何で???前に若干傾斜しているのは、上に書いたように、滑車がついていて、物を持ち上げるときに、他の階の窓とかに当たらないようにっていう意味だろうけど、横に倒れているような建物もあったんだよね。ご存知の方、ご一報ください。

そしてこのあとは10年ぶりにあう、元国際弁護士で、お気楽年金生活してるマッテオとランチっ!ここで衝撃の事実の裏づけがありましてね。(笑)前日にオランダ駐在カップルとご飯をしているときに、オランダ人はお昼ご飯をほとんど食べない(ケチだから!?)っていう話をきいていたわけですよ。で、ケチかどうかはさておき、ほんとにそうなのね、ということがよく分かったんです。というのも、ランチに彼が連れて行ってくれたのはあるパブ。以前彼がジャーナリストとして働いていたときに通っていたところで、その前には以前は新聞社があり、ジャーナリストの集うパブとして名をはせていた場所だったんです。まずそこでビールを頼み、何か食べようか?と聞かれ、あれ、ランチ時に会う約束をしたんだけど、ここでご飯じゃなかったの?(実際ここに来る前に1杯飲もう!と誘われたところが閉まっていたので、ここにつれてこられた)と思っていたら、オーダー取りに来たカメリエレにおじさんがコロッケを頼んだわけですよ。なので、あたしとサスライ氏も肉団子と昨日食べたスープを一皿ずつ頼んだのよね。

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そしたら、マッテオの目の前には小さなトーストの上にこれまた俵型の小さなコロッケがひとつ、それに申し訳程度の皿がののった皿が。。。(驚)私の前にはトースト二枚の上に、大きな肉団子が真っ二つになってのってきましたよ。ちなみにマッテオ、190cmはあり、がっしりとしたいわゆる大男。でも、小食というか、ランチはこれで終了。店内を見回しても、ビジネスマン風の人も、大学生みたいな若い男の子も、みんな一皿、イタリアだったら前菜ですか?ってかんじの量だし。。。なので、話はいちおう弾んだけど、14時半くらいにはなんだかお開きになりました。イタリアだと、再開のランチなんて、延々16時くらいまで続きそうだから(爆)その予定にしていたんだけど。。。でも10年ぶりにあった彼に「君は全然変わってないね!」といわれちゃいましたよ。うふふ。ま、10年前も確かに髪の毛はクルクルしてたな。。。あははは。10年ぶりでも友達といえるっていいわー♪と実感。5,6年前に京都に旅行に行って、旅館で芸者遊びまでしたことのあるマッテオ、すっかり彼は、あたしらに会いに日本に来る気です。(笑)鹿児島では芸者遊びは無理やけどな。(爆)

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すっかり時間があまっちゃったあたしたち。この日は空港近くのEindvohenに泊まる予定だったので、前倒しですぐに行っちゃうことに。行きみたいになんかあっても困るからね。(爆)ってことで駅に向かい一番早い電車へ!電車に乗る前に、あのランチじゃとても足りないイタリア人化しているあたしたちは、パニーノを購入。パニーノを食べながら眺める景色は真っ白でした。。。

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行けども行けども真っ白の平原ととんがり屋根の家々。小川はまったく凍っていて、ああ、こういう国の人たちは春の来るのがなんと待ち遠しく感じるんだろうなぁと感慨にふけりつつ、絶対暮らせない。。。と悟った電車の旅でした。。。そして到着したEindvohen。ここはなんと、Philipsが創業した結構な産業の発達した町だったんですよ。知らなかったわ。。。駅からすぐのホテルは、なんというか、以前はいったい何をしていたんだろう?カジノ???というつくり。

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お湯もじゃんじゃん出たし、問題はなかったんですけどね。でも、なんというか、カラオケボックスの跡みたいな感じの仕切りだし、隣の部屋なんかカーテンはかかっていて中は見えないけど、内側なのにガラス張りだし。。。(汗)とりあえず中は静かだったのでよしとして、外へ散策に!

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外の広場では大音量で音楽がかかり、何事か?と思っていたら、なんとここでいわゆる24時間テレビのような、アフリカのエイズ撲滅のための24時間x6日間という脅威のマラソンテレビ生放送をしていたのです。ここと、オランダがもう一箇所、それにベルギーの三箇所で同時に開催、テレビはもちろんネットでも配信という大掛かりなものだったのよね。

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人だかりの広場の後ろのほうにはなんとコカコーラのトレーラーまで!ひげもじゃのサンタさんと一緒に、ギャルサンタもいたんだけど、サスライ氏との記念写真撮影は残念ながらできず。。。その広場を越えて歩いていくと、目の前にそびえる荘厳な教会が!!!!

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薄暗い空に伸びるゴシック建築は重々しく、そしてとても静謐な印象を受けました。なんというか、ああ、これがヨーロッパ(なんというかフランダースの犬とかの感じ?)だわって感じるというか。建物の感じだけではなく、やっぱり気候も含めて同じヨーロッパでもイタリアやスペインとは受ける印象が全然違うんだよね。まあ、夏に行ったらまた違う感じなのかもしれないけれども。。。

少しキッチン用品のお店をのぞいたあと、まだ18時過ぎだけど、翌日は5時起きなのと、とにかく寒いので夕ご飯に行くことに。オランダって、夕方レストラン17時とかから開いているんだよ。ベルコーレに17時ごろ、アケロ!!!とベルを鳴らしてやってくる観光客はオランダ人だったのかも!?!?この日の夜はあたくしのりクエストでインドネシア料理!!!オランダはインドネシアを植民地にしていたので、インドネシアからの移民も多く、お料理も普通に食べられるわけです。初日にアムスで行きたかったんだけど、遭難しかけて無理だったので、帰国前のこの日を逃すべくなく!!!とレストランに着くと、すでにほぼ満席!(驚)ほんとにご飯早いのね。。。

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メニューがオランダ語でよくわからないので、オランダにしかないライステーブルという、小皿料理がテーブルいっぱいでてくるというコースをひとつ、そしてバリ島で食べて大好きだったナシゴレンを別に頼んでみました。ガドガドとかの野菜を蒸したものや、焼き鳥みたいなサテは食べやすいし、ピーナッツソースのような甘辛いソースの多いインドネシア料理。いろいろと並びましたが、最終的には結構味付けが同じ感じで、煮込み料理がほとんどだからだんだん飽きちゃうかも。しかし何よりも驚いたのはおなかいっぱい食べたのに、まだ20時前!!!!!!

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イタリア人はこれからご飯、スペイン人はまだあと1時間半は夜ご飯まで時間があるぜ。(汗)とりあえずレストランを出て広場に戻ってみると、すごいことになっていましたよ。もう広場には一歩も入れないくらいの人、人、人。その向こうのホテルにどうやって帰るんだ!?とあせりましたけど、とりあえずとあるショッピングモールを通過するとホテルの脇に出ることが判明。よかったわ。。。




ということで、無事に2日目は終了。まだこのときは翌日の大冒険は予想だにせず。。。



posted by yossy at 01:19| ローマ ☁| Comment(4) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月31日

極寒のアムステルダムを行く一日目・午後

いやー、ぼやっとしている間に、年の瀬ですね。ああ、今年もまったく年末なんて気分になれないイタリア生活10年。。。(爆)日本は大荒れなんですってね。鹿児島でもかなり積雪らしいので、それはものすごいことだわー、と。なんなんでしょう、この全世界的な大雪現象。これも異常気象の一部なんでしょうかねぇ。フィレンツェ、年の瀬はわりと晴れてるみたいですけど、明けて1月3日にはまた雪マークついていました。ううっ!

さて、アムステルダム、年明けには終わりませんが、一日目くらいは終わらせておこうかと。(笑)

ということで、ランチの後はここへGO!

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ハイネケン・ビール博物館見学っ!!!!ハイネケンってオランダのビールだったのね、ってそこから知らなかったわ。。。ここはハイネケン創業の地、現在は使われていない建物は、ハイネケンの歴史を紹介する博物館になっています。まず入り口の看板の前で写真っ!と思ったら、二人組みのイケメンズに写真を撮ってと頼まれる。。。と撮り終わってよくよく耳を澄ましていると、イタリア人、それもナポレターノっ!(爆)いやー、オランダにもイタ人おおかったねぇ。

さて、ここは入り口で15ユーロ払い、ゴムの腕輪をもらいます。ここに二つ取り外しのできるボタンがついていて、それは一番最後にビールを二杯もらえるというもの。いや、あたしは飲まないからねぇ。。。と思いながらもとりあえず装着して中へ。まずハイネケンの歴史などを説明するパネル(英語)があり、その横にハイネケン巨大ラベルが。内側に穴があって、記念撮影もできます。もちろん、あたしもやりましたがね。(笑)そのあとあがっていくと、巨大な銅のビールをつくる釜っていうんですかね、そういうのが8台ほど。

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綺麗にピカピカ磨き上げられた釜の中をのぞくと、空っぽなんだけど、プロジェクターで、その釜の中で何をしていたのか昔の映像とともに説明があります。しかし、ここ、みーーんな英語っす。チケット売り場のにーちゃんから、説明してくれるおねーちゃん、すべての表示がみんな英語。。。しかものりがアメリカン!!!

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そのあと階段をちょっと下りてしたのほうの釜のあるところで、モルト(大麦)を水と混ぜ、いわゆるもろみになったものを飲ませてもらいました。

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なんというか、ほんのり甘い甘酒のような風味であたし的にはこれが一番おいしかったりして。。。(笑)隣にあるモルトを煮込んである大きい樽のような釜のなかからも、甘酒のような香りがしていました。ここにホップと酵母をいれるとぷはーっ!ってなるビールができるのねぇ。

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そのあとは、ハイネケン博物館の誇る(爆)体験型ビールつくりの説明へ。小さな空間ですけど、ここはディズニーランドですか?という「自分が麦芽になってビールになるというアトラクション」があるのだよ。階段状になっている場所に立って手すりを握ると前の画面でビールがどうやって造られているかの説明の映像に合わせて床が揺れたり、水しぶきがとんだりしちゃうわけ。子供だましのようだけど、結構おもしろかったわー。

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そのあとはそこで、ビールの飲み方の説明を聞きながら小さなグラスで1杯生ビールを。金色の透明な液体は結構薄いというか、きゅっと飲めちゃうかんじだったんだけど、やっぱりそのグラスも半分も終わらせられなかった、あたくし。。。(汗)しかし、入場するところから一番初めのラベル写真のところまでいたくさんの若者たちは、それまでの工程でほとんど見なかったんだけど、いったいどこへ。。。説明なんかどーでもよくって、みんな飲みにきた感じ!?

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そのあとも、これまでのラベルの歴史や、スポンサーになったスポーツ事業(UEFA杯など)の説明、歴代のコマーシャル映像など、けっこう面白い内容になっていました。そしてそれをすぎると最後にハイネケン・バーがあって、ここでビールを2杯飲めるんですけどね。さっきの小さな小さなビールで結構アルコール一杯になっていたあたくし、「ノンアルコールで」ってお願いしたら、ノンアルコールじゃなくてペプシコーラがでてきました。(爆)しかも一緒のサスライ氏もなぜか「もうビールいいかも。。。僕もペプシで」なんて行っちゃって、ハイネケン工場行って、ペプシを飲んでしまったあたしたち。。。(汗)周りには、今までの工程でまったく見かけなかった若者(アメリカ人率多し)が飲んだくれていました。。。みんなここだけが目的だったのね。



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そのあとは夜の予定まで時間があったのでいったんホテルに戻り、暗くなった18時に大人の社会化見学で「飾り窓地区」に!その模様はこちらをご覧くださいませ。
いやー、どんなところかと思っていたけど(ガイドブックには夜はやめといたほうがいいとか、女性はやめといたほうがいいとか書いてあったから)確かに女性観光客はものすごく少なかったけど、いないわけじゃなかったですね。ただし、通りのあちこちにセクシー(を通り越してかなり過激)ショップや、ライブショー(爆)をするお店が並び、その間にいわゆる飾り窓があるんだけど、女の子どうしだったら、ちょっと通るのどうかなぁ、と思ったりはしました。だってナマナマしいんだもの。。。(汗)飾り窓自体は、あたしは建物の上のほうにあって、下で博多の中洲のはしっこのほうにある、場末のそういうとこみたいに、おばちゃんが陣取っていてお金払って入れてもらうのかと想像していたら、それって全部建物の、日本で言う一階にあって、ガラス張りの窓のとなりにドアがあり、そこで本人と直接交渉なのね。そして交渉成立したらカーテンをしめてGO!(笑)なんだそうで。ちなみにこれ、ライセンスが国からおりるそうなので、いちおう一回一律50ユーロらしいですよ。まあ、オプションとか、割引とかいろいろあるでしょうけどね。サスライ氏も書いていましたけど、これはマフィアの財源の元になりやすい売春、ドラッグ(ソフトドラッグのみ)とカジノを公営にすることで、犯罪を抑えようとするもの。うーん、そういう手もあるのか、ってかんじ。職業のひとつとみなされているからか、その地区の真ん中にも教会があったり、なんと小学校があったり。。。いやー、驚くよ。。。ものすごい荘厳な教会の横に赤い明かりがちらほら。そしてなんとも考えされたのは、その辺りにいる売春婦はみんなアフリカやインド系のような肌の黒い人たちだったこと。メインの通りから少し外れてしまったその場所は、人通りも少なくて、この人たちはどういう思いで教会を毎日眺めながら客を待っているんだろうかと、考えてしまいました。。。


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そのうち寒くなったので、場所を移動、8時半の知り合いの方とのお食事まで時間をつぶすことに。ちょっと歩いたらアムステルダムの発祥の地、ダム広場ということで行ってみることに。ここはアムステルダムのへそといわれ、アムステル川をせき止めるダムをつくったところなんだって。そこで広場の向こうにデパートを発見!とにかく寒くて寒くて凍えてしまいたいのと、トイレに行きたいのでそこへ直行!!!(笑)

表示には本日21時までとか書いてあったのでトイレのある最上階に行ったら19時に閉まるとかで、トイレに入れてもらえなかった。。。しかもそこから降りてきて、じゃ、あと一時間暖かいところで時間をつぶそう!と思ったら、ひとつ下の階でデパートの人に「もう閉まるから、ここから先にはいけない」と言われ、?と思っていたら、ぞろぞろとデパートの人たちがすでに止まってしまっていたエスカレーターで降り始めるではないですか。オランダ語わからないからアナウンスがあったのかも不明だけど、お客さんがいても店員さんはきっちり帰っていくオランダ。(爆)イタリアもひどいけど、オランダは19時閉店って書いてあったら、19時には施錠するってことらしいですよ。

しょうがないので、外に出て、厳寒の中散歩を強要されたあたしたち。ちょっとバールでも寄ってって思っても、そういうのがないのよっ!見るのはコーヒーショップ。確かにコーヒーも飲めるだろうけど、そこってドラッグやるとこだから、あんまり入る気にならず、暖をもとめてさまよう二人。。。

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歩いている途中にこんなの見つけました。ドラッグは場所が限られているわけではなく、どこで売っているわけですよ。マジックマッシュルームって、バリ島で見つかったら死刑じゃなかったっけ?(驚)ま、これも、こうやって公共性をもたせることで、逆にある程度の規律をもたせているわけですね。ほら、隠れて吸うからなんだかやってみたい中学生のタバコみたいなもん?

しかしほんとに寒かったこの日。もう一歩も歩きたくないよ。。。というくらいでしてね。思わずH&Mの前で目に飛び込んできたレッグウォーマーを買っちゃいましたよ。オランダでのあたしの食べ物以外で唯一のお買い物です。なんせ、ひざが痛くなるくらい寒かったのよ。でもそれをすぐにつけたくても、中に入れる場所がない。。。ということで、さまよいにさまよって、結局マックにいきました。(大笑)もうね、寒くないところだったら何でもよかったってかんじで。

そしてその後、アムスで一番古いといわれるオランダ料理のお店で、ベルコーレで一度だけお会いしたことのある、アムス駐在カップルと楽しい夕食!旅先ではその土地の料理を食べてみたい!というサスライ氏のリクエストに「いや、オランダって、ご飯あんまりおいしくないかも。。。。(大汗)」という返答をいただいたのですが、やっぱりその土地のものに興味のあるあたしたちのリクエストで創業500年くらいのこの店を予約してもらいました。

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お食事は「マスの酢漬け」とか「コロッケ」それに「牛の煮込み」「ソーセージなどの盛り合わせ」など、シンプルな家庭料理的なかんじ。なんというか、ビールに合う感じですか?あたし的にはビールのおいしい土地って、なんだかビールにあつ「つまみ」のようなというか、味が濃かったり、揚げ物だったりするのが料理として登場するような気がするんですけどね。そしてそこで、オランダ人についてもいろいろと教えてもらいましたよ。

曰く「ケチ」。「GO DUCH」というと英語で割り勘を意味するんですけど、オランダ人はケチ(倹約)だそうで、お昼ご飯も家からトーストにチーズをはさんだ程度のものを持ってきて、30分そこそこで食べて、仕事に戻り、帰宅時間が早いほうを好む。そしてあまり外食したりしないので、オランダの子供は世界一幸せなんだとか。(子供が家族と一緒にいる時間がとても長い)

曰く「夏になると、天気のいい金曜日には仕事に来ない」。これは暗黙の了解で、暖かくなって天気のいい金曜日はみんな休んでどっか行っちゃうそうで。。。取引先が誰もいなくて仕事にならないと言っていました。これは、ちょっとイタリアでもないかなぁ。何人かいなくても、所長以下誰もいない、なんてことにはならないよね。さすがに冬の日照時間の少ない北ヨーロッパ、太陽に少しでもあたっておきたいのね。。。

そのほか飾り窓の話やら、実は自転車はあぶなくて自転車事故も頻発するとか、おもしろい現地情報をたくさん教えてもらいました。

しかしこの間、他のお客さんご飯食べ終わったら帰っていくかんじで、夜11時くらいにはあたしたちだけになっていたこのレストラン。気にせずにずっとしゃべっていたら、あたしたちのテーブル担当だったかわいいオランダ娘が息を切らしてテーブルにやってくるではないですか!しかもしっかり着替えて!!!!!!

「ごめんなさいっ!あたしあなたたちのことすっかり忘れちゃってたのよね!で、もう着替えて帰ろうとしたら、同僚にあんたのテーブルのお客まだいるわよ!って言われてあわててきたのよっ!」(爆笑)

いくらなんでも、これはイタリアではないだろ、の経験。あわててお勘定をして席を立つと、なんと他の部屋は電気も消えて真っ暗。店の人も2人くらいが着替えてたたずんでいましたよ。いやー、びっくりだったわ。もう少しでレストランに閉じ込められてしまうところでした。みなさん、気をつけてね。(笑)


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帰り道、なんとなく気になって撮ってしまいましたが。アムステルダムのいくつかの場所で車止めのために使われていたポール。その上にはXXXと書いてあるわけですよ。でね、やっぱりなんというか、英和コンピューター用語辞典によると「・XXX, xxx ぺけぺけ, ちょめちょめ《明記をはばかるときの伏せ字; インターネットでは英語圏のアダルトサイトでよく使われる》」となるわけですよ。だからちょっと仰天しちゃったわけ。なんというかさ。。。(爆)しかしこのXXX、そういう意味じゃなかったのが翌日判明するんですけど、これって、ぜったいかけてないかなぁと思うんだよね。飾り窓いって、すっかり頭に赤いネオンがチカチカしすぎだったのかしら?



ということで、あと半日でイタリアも新年を迎えます。一足先に新年の日本の皆様、全国的に荒れ模様だけど、よい年の瀬をお過ごしくださいませ♪
posted by yossy at 19:27| ローマ ☁| Comment(2) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月29日

極寒のアムステルダムを行く一日目・午前中 追記あり

おかげさまで今日の午後ADSLが戻ってきました。あぁ、やればできたね、TISCALI。(笑)こんなサービスが早い!?と嬉しくなっちゃいますよ。

さて、ふらふらでたどり着いたアムステルダム。ゆっくりお風呂に入って一夜明けるとやっぱり銀世界。。。でもこの日は空は青く、日も照っているお散歩日和!とりあえずホテルをでて、朝食を食べに外へGO!しかし、北ヨーロッパに行けば行くほど窓は大きくなると妹尾河童さんが書いていたけど、これほんとね。アムスの家々はほんとうに窓がでっかく、カーテンもほとんど閉まっていない!!!あたしらのホテルは日本で言う一階だったんだけど、部屋の壁中窓みたいなのりで、うすっぺらいカーテンのみ。二重窓でしょうから、寒さは入ってこないんだけど、雨戸も鉄柵もないって、泥棒はいないんですかね。。。(泥棒の国イタリアから来ると驚きなのよね。笑)

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まず朝食から。ホテルからでて、とりあえず次の目的地(笑)ハイネケンの工場のほうへちょっとあるいていくと、運河にかかる橋の向こうに朝ごはんって英語で看板がでてるじゃないですか!(爆)外から見るとなんとなくオサレなかんじで、おにーさんがクロワッサンやマフィンのある棚の奥でほほえんでるし。。。ということで入ってみました。

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テーブルで朝食を食べるのはその奥のほう。イタリアみたいにカウンターでちょこっと食べてさっと出て行くってのじゃないのね。しかし朝9時半、店内は誰もいない。。。(汗)しかもダウンコートを脱いだらちょっと寒い気がするくらいなのに、お店の人たちは半そでっ!!!!!そして朝食メニューってのがあるんだけど、ありえないくらいの量がでてくるのよ。。。隣に座ったご年配のカップルはきっとよく分からずにそれを頼んだみたいだけど、トレーにのってきた朝食は、6種類くらいあって、サラダや小さなシチューみたいなの、パンだけでも4種類、目玉焼きにコーヒーとオレンジジュース、ってかんじでした。あたしらはそれを横目にクロワッサンとコーヒーで退散。(笑)しかし次々やってくるお客さんはみんな外国人ばかり。。。。いったいオランダ人は?家でしかご飯食べないのかしら?と疑問に思いつつ外へ。

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雪は降っていないけど、かなりまだ積もっている上に、溶けた雪が凍ってるから滑ったりする道路を、つわもの達が自転車で走りまくる!そして子供たちはそりに乗せられて、お母さんはひもひっぱって道路横断してるし!!!!!しかも言われるまで気がつかなかったんだけどオランダの自転車ってブレーキがないのよ!あるのも多少あるけど、ほとんどの自転車が、ペダルを逆回転させて止まるのっ!

あたしには無理っす。。。(爆)


ここから追記です。
そういえば、ゴッホ美術館に行ったんだった!!!!!(大爆)

いやね、なんかもう寒さの記憶しかなくって。。。美術館は一日連ちゃんでの見学は好きでないので、国立でレンブラント&フェルメールにするか、ゴッホ美術館にするか迷ったんだけど、やっぱり色のゴッホにすることにしたわけです。ピカソの青の時代じゃないけれど、オランダの片田舎で絵を志すことに決めたゴッホのなんというか、写実的というか、暗い農家のジャガイモを食べる絵は、今までのゴッホと違い、なんというか、最終的には耳を切り落としたり、自殺をしてしまった彼の心のおくの闇のようなものはここにあったのかな、と感じた部分もありました。でもさ、この人、16歳くらいではじめフランスの映画会社のようなところに勤めていて、なにか宗教の理由で退社、その後、画廊で働いらいたり、教師や牧師など職を転々として、最終的に絵の道へ進もうと思ったとき、彼はまったく絵のことは知らなかった(絵の勉強をしたことはなかった)んですよね。27歳での決意。その後1981年に従兄弟で画家のアントン・マウフェに絵を習いに行くんですけど、未婚で娘を持ち、しかも当時妊娠していたの女性と関係をもってしまったことで、従兄弟や家族と関係が悪化(苦笑)そして恋にも破れ、2年後に農夫を描くためにオランダの田舎のほうに行くんですけどさびしくなり、画材も買えず、モデルにも恵まれず、家族の下にもどってきちゃうわけ。その後アントワープの美術学校へ行き、そしてパリへ。そのころ、芸術の都、芸術家の憧れの町パリにはさまざまなアーティストが集い、そこでゴッホの色が爆発的に開花するのね。そしてその先はみなさんご存知の通り。最終的には精神を煩い、37歳の若さで自殺してしまうわけです。いやぁ、知らなかった、彼のこんな人生。そして才能はあったとしても、絵で食べていくとなんの絵の勉強もしていなくても決意してしまうところ、いやぁ、好きだなぁ。。。(笑)

ゴッホ美術館の日本語のゴッホの歴史はこちらからどうぞ


ゴッホ美術館からでて、とりあえずハイネケンの前までいくと、どうも開いているらしい!(2003年版のアムステルダムガイドには月曜が閉まってることになっていたのよね。)でも今ビール飲むと、酔っ払って何もできないだろう、ってことで、その先にあるはずの道路沿いのマーケットへ!パリでも、マドリッドでも行ったけど、やっぱりマーケットははずせないでしょう!

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ということで、行ったんですけどね。やっぱり寒かったからか、人はまばら。でも両側にフィレンツェのカッシーネの市のミニ版(笑)のようなお店が並んでました。パリみたいに生鮮食品はすくなかったかしら。ただ、クリスマス直前だからか、肉屋には30KGとか書いてあるでっかい七面鳥が並んでましたよ。って、誰も買っていなかったけども。。。(汗)

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しかしこんなにおいしそうな魚屋さんがあるのに、レストランというか、食べるところで魚介を出しているところはなかったなぁ。ま、といっても今回の旅行、ほぼパニーノやハンバーグしか食べていないんだけど。。。(涙)オランダ語はわからないということを差し引いても、町でむちゃくちゃ見かけたのはアルゼンチンステーキの店だったしなぁ。そうこうしているうちに、だんだん日が傾き始め(驚)13時くらいだというのになんだか影が長くなったような気がしたと思ったら、寒さもガンと増してきて、あわててどこか暖かいところでランチ!となったんですけど、これがまた、なかなか大変で。。。だって開いているというかんじのところが、なんだかカフェテリア的な感じだったり、イタリアンだったり、ケバブ屋だったりなんだもの。暖かいご飯を食べたいと、ある住宅街の広場の一階部分のレストランを物色。。。

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観光客はまずいないよね、って感じの場所で、6件くらいある店のうち、一軒はインド料理、一軒は中華、あとはレストランなのか、イタリアで言うビッレリア(ビアホール)なのかってかんじで、いったいどこにはいったらいいかわからないっ!!!!と思っていたら、とあるビッレリアの中からむちゃくちゃ感じはいいけど怪しげなひげのインドネシア人のようなおっさんがでてきて、呼び込むので、とりあえずいいかと中へ。。。

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むちゃくちゃ閑散としていましたけど、おっさんは気がいい感じで(オランダはインドネシアが昔植民地だったため、インドネシアからの移民が多いんです)とりあえず熱々のオランダ名物豆のスープとオニオングラタンスープ、それにこれまたオランダ名物のコロッケを注文。ま、何はともあれ暖かいものを食べられただけで幸せ。。。ビールは次のハイネケン工場のためにとっておくってことで、おっさんには悪いことしました。(笑)しかしこの結構広いビアホール、夜になったら満員になるのかしら、となんだかとっても心配というか、気の毒になってしまいましたよ。でも他の店もここと同じくらい閑散としていて、いったいオランダ人は朝ごはんに続き、昼ごはんもどこで何を食べるのかとっても疑問が残ったわけです。


ということで、ハイネケンへ続く!
posted by yossy at 07:01| ローマ | Comment(3) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月27日

アムステルダムまでの道。。。遠すぎ!(爆)

24日からADSLがすっかり使えなくなっている我が家です。最短で24時間(これはもう過ぎちゃいましたね。)最長で5日間(土日は入りません。涙)なので、月末までネットできないかもしれないです。(号泣)現在PCをベルコーレに持ち込んで更新中。


ということで、アムステルダム。
出発の二日前から大雪のフィレンツェ。いや、フィレンツェだけではなくてヨーロッパじゅうが雪に埋もれた先週。まさか、そんな週にアムステルダム出発になるとは想定外だったわけよね。とりあえず、雪が降り積もるトスカーナ、17日午後から18日はフィレンツェ空港もピサ空港も閉鎖。19日の正午にピサから出発予定のあたしたちだけど、鉄道もバスも高速も止まっているような状態で、あぁ、ダメか。。。と思ったら、19日の朝一番でピサ空港が開いている!ピサまでの空港バスも高速道路がいちおう開いているので走れる(通常はフィレンツェーピサーリボルノのフリーウェイを使うんだけど、そっちは凍結で全面通行止め!)ということで、とりあえずピサ空港までは行けたわけ。

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朝一番のFortezza da bassoの池は、全面凍結、雪に埋もれていました。(笑)まったくバスの通る気配のない日曜日の朝、荷物を引きずって駅まで。。。

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高速から見るピサまでの道も雪景色。いやー、ほんと空港までこれたのが奇跡のようだっ!と感涙に咽びながら(爆)順調にチェックインまで終わったのは出発の2時間前。いやー、よかった、よかった、と思ったら、機材到着の遅れで2時間遅れることに。でもこのときは、ま、二日前からのダイヤの乱れだろうから、しょうがないわねーとのんびり待ってたんですけどね。。。


実はこのころ吹雪いていたオランダ。。。(爆)


二時間遅れでEindhovenというアムステルダムから特急(IC)で一時間ほどの町へ到着。そこからどうやってアムスまで行くかも事前に調べておいたあたしたち、余裕で空港を出ると

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そこは真っ白に吹雪く銀世界、しかもすでに日が落ちて暗い。。。

とりあえずすぐにやってきたバスに乗り、列車に乗るために駅に向かう。駅では思いがけなく、ちょうど10分ほどであたしらの乗る列車がくるじゃないですか!お、これなら20時には夜ごはん食べられるわ。今夜はなに食べようかなぁ。。。とワクワク気味。だって朝からパニーノをちょっとかじったくらいだったんだもの。おいしいものはあまりないよとの事前情報もあったけど、インドネシア料理とかもあるということで、ちょっと楽しみだったわけよ。


しかし、次の駅にしばらく止まったこの列車、後ろ向きに出発するじゃないですかっ!!!!!

「え、この電車大丈夫なのかな?」と心配のあたしに「いや、きっとフィレンツェの駅みたいに、スイッチバックするところなんだよ。別にアナウンスもないし」とサスライ氏。

しかーし、次についたのはもともと出発したEindvohenじゃないですかっ!!!!!(号泣)

いったい何があってるのかさっぱり分からないあたくしたち。だってアナウンスはオランダ語のみなんだもの。意味が分からん。。。探し当てたインフォメーションで、駅員のおばさんから「昨日からアムス行き直行ICは通っていなくて、二回(さっき折り損ねた駅とユトレヒト)で乗り換えないといけない」と聞いて、次の列車に乗り込み、次で降りる。つーか、よく見たらあたしたちが乗り込んだホームのはしっこのほうに、一枚ぺろっと紙が貼ってあって(もちろんオランダ語)どうもこの土・日はICが走っていないことが書いてあるんだけどさ。。。わからんっつーの!ああ、こういうインフォメーションのいき渡らなさ具合は、イタリアだけじゃないのだと、痛感。(爆)

そして周りの人にききながら、乗り換えの電車に。満員のその電車、アナウンスはオランダ語のみ。。。(汗)そしてとある駅でみんなが降り始める。。。周りの人に英語で聞くと、ここで降りる、次の電車は20分でくる予定。(大汗)

降りたのはきっと無人駅。まっくらな駅構内を100人は越える人たちが押し合いながら次の列車のホームへぞろぞろと吹雪の中歩いていく。。。っつーか、このころにはかなりの絶望感。ひとりじゃなくてほんとに良かった。。。そして次の列車に乗りとりあえずユトレヒトまで。ユトレヒトって結構大きい町なので、駅舎も大きくとりあえずインフォメーションをききに、あちこちにたっている臨時の駅員さんたちのところへ行こうとしたとき、英語で「アムステルダム・スキポール空港行きが3番ホームに入ります」っていうアナウンスがっ!!!!横目で掲示板をみると、アムステルダム行きは60分以上とまっているみたいで、とにかくダッシュで入ってきた電車に飛び乗ったわけよ。いちおう電車の隣にいた駅員さんに「アムステルダムの町に行くのよね!?」と聞いたら「そーだっ!乗れ乗れ!!!!」っていうから、乗ったんだけど、扉が閉まって動き出してから、乗っているお客さんたちが「この電車、どこに行くのかしら?」(爆)などと話し出すし。。。結局分かったのは、この電車、スキポール空港行きで、アムステルダムに行くためにはもう一度乗り換えないといけないってこと。。。(号泣)この時点で22時をまわるころ。本日中に着くのかしら、となかばあきらめ気味のあたくし、とりあえず、アムス行きだという人たちについて、とある駅で降りると、アムス行きの電車がすでに向かいのホームで待っている!!!!!!!!!


ってなわけで、アムステルダムのホテルに着いたのは23時を軽く過ぎたころでした。(笑)右も左もわからないアムステルダム、とりあえずタクシーでホテルまで行ったんだけど、25ユーロもしたんだよね。なんだかぼったくられているような気がしたけど、もう値段交渉の元気もなし。。。ホテルのレセプションにどこかでまだご飯食べられるかきくと、近くの広場のあたりは夜も店が開いてるというじゃないですか。そこまで、雪で真っ白で人もまばらな道をすすんでいくと、正面に見えるのは


バルセロナで行き損ねた(笑)バーガーキング!!!!!!


店の中は閑散としていたので、うわーこれが閉まったらしゃれにならんっ!!!!と飛び込んで、この日はハンバーガーを堪能(いや、ほんと堪能だったわよっ。。。苦笑)して帰りました。結局そこから少し歩いたら、アルゼンチンステーキハウスとか、こじゃれたワインバーみたいなのも開いていたんだけどね。しかしなによりも一分一秒を争う空腹には勝てなかったのさっ!(爆)


ってことで、フィレンツェの家をでてから、アムステルダムまでの道のりはなんと15時間!だったわけです。しかもこのときは、ほんとにそれくらい再びかかるとは思ってもいなかったんだけどね。。。実際アムステルダムを観光したのは翌日と、翌々日半日だけ。4日の旅行のうち、まるまる二日間は移動していた今回の旅行でした。


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で、アムステルダムの町はどうだったかって?次回をお楽しみだよーん!

posted by yossy at 15:43| ローマ ☀| Comment(3) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月23日

とりあえず行って戻ってきました

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アムステルダムから戻ってきました。

フィレンツェからアムステルダムって遠かったのね。。。(爆)なんと行きも帰りも15時間かかったのよっ!

とりあえず北部ヨーロッパを襲っている寒波の影響でかなりの空港が閉鎖、そしてそこで何日も待たされている人たちもたくさんいるそうなので、旅行にいけて、とりあえずアムステルダムを見られて、家に無事戻ってこれたあたしたちはラッキーだったということです。

しかし南極探検隊のようなあたくし。。。ヒートテック、カシミアのセーター二枚、ダウンのベストにダウンの長いコート、そしてカイロも装着して過ごした三日間でした。あ、もちろん靴下は二枚で。しかもひざが寒くて(笑)H&Mでレッグウォーマー買ったし!


ということで、クリスマス前なので工房&ベルコーレが続きます。そのうちぼちぼちUPするのでお楽しみに!!!とりあえず今から昼ごはん。あったかいお蕎麦だよん♪
posted by yossy at 21:25| ローマ ☔| Comment(2) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月20日

俊寛とフィレンツェの仲間達展(笑)

みなさま、おひさしゅう。。。来客続きで楽しいけれど、なんだか気ぜわしい11月です。来週半ばでこの流れもいったん途切れるのでゆっくりブログでもと思っていたら、またパソコンが壊れました。。。(号泣)

しかも今度は再起不能。。。

ということで、至急パソコンを買う予定なのですが、日本からそれを持ってきてくれる方大募集!!!!できるだけ早いほうが嬉しいです。。。


さて、気を持ち直して、今年最後の大イベントをご紹介!(笑)

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我らが切り絵師俊寛と、彼の友人のフィレンツェで現在活躍・修行する職人たち、そしてまた、俊寛のように日本に活動場所を移してその芸術性を模索・奮闘している職人たち6人の合同展が名古屋で来週から開かれます。俊寛を含めてこの中の5人はあたしもお友達なのよねー。

フィレンツェという歴史的に伝統工芸を守ってきたはずの町で、イタリア人の若者も今となってはやろうとしないそれぞれの技を習得し、生業としたり、するためにがんばってるんですよ。ま、あたしもその端くれですけどね。(笑)それぞれ素晴らしいセンスの彼らが日本人というフィルターを通してみたフィレンツェの技やフィレンツェという町の重みを感じていただけたらと思います。


イタリアで修行した作家の展示会
名古屋栄 ギャラリー彩/アートサロン彩

11月24日(水)〜12月3日(金) 11月29日(月)は休廊です。 

AM11:00〜PM6:00

名古屋市中区錦3丁目25−12 AYA栄ビル4F ギャラリー彩
地下鉄栄駅6番出口 トップカメラ横



posted by yossy at 04:18| ローマ ☀| Comment(4) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月04日

トスカーナ秋の探索その2

昨日は朝一番でフラワーレポーターの生放送インタビューをこなしましたが、お聞きになった皆様、いかがでしたでしょうか???
って、実は一つ一つのトピックしゃべりすぎて、用意していた話題の半分しか話してません。(爆)しかも最後に「食欲だけではなくて、月最後の火曜日に夜間開いてる美術館のことも話してね♪」というお願いもあったのに、「最後に役に立つイタリア語フレーズ」もあったのに、時間切れでしたよ。。。エミチャン、ゴメンネ…
ということで、ラジオを聞けなかった方、ほんとは何をしゃべりたかったんだ?と知りたい方は、すでに公式ブログに記事がUP、WEBラジオもUPされていますよー。こちらからどうぞ!


と、休日だった火曜日。午前中は日本からいらしたシェフのおじさんとフィレンツェ写真探訪。前日の雨から一夜明けて、空の水色もすがすがしいフィレンツェ。どこを切り取っても、どんな角度でも絵になる感じ。(しかしイタリア全土でかなりの雨の被害が出た模様。トスカーナでも土砂崩れで死者がでていましたし、電車が脱線したり、橋が流されたりというところもあったみたい。ご冥福、早い復旧を祈っています。。。)


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レンタカーでシエナへスケッチ旅行に向かったおじさんを送り出した後は、ミケランジェロ広場へ。なんてったってこんな素晴らしい日和にフィレンツェを一望しない手はないですからっ!雨に洗われたフィレンツェの町は、これぞ珠玉の町の装い。って、いつもはどんなんだ?ですがね。(笑)

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ちょうど今、ミケランジェロ広場から見える側には足場のないDUOMO。皆さん、今が写真を撮るチャンスですよ。だって、いつもいつもどこかに足場のあるDUOMO、なかなかいいショットが取れる時期ってないんですよ。あたしが知っている限り15年くらい、いつもどこかが修復中で足場のないときって見たことないんだもんね。

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いやー、フィレンツェに住んでいたんだ、あたし。。。(爆)いつもの家、工房、ベルコーレの魔!?のトライアングルで毎日過ごしていたら、うっかり忘れてしまいそうなんですもの。。。
と、ここですでに13時。いつになく朝早くから活動しているので、すでにおなかはカラッポ。これからどうしようにも、どうしようか。。。とちょっと考えて、前々から行きたかったシエナの近くの要塞の町へ大急ぎで行くことに!!!すでにエネルギー不足にくわえて、時間が時間だから、ランチ食べ損ねたら行き倒れだからねっ!というあたしでしたからね。(笑)フィレンツェからスーペルストラーダを走りに走って、意外と遠かった小さな小さな要塞の町の名前は「MONTERIGGIONI(モンテリッジョーニ)」。フィレンツェからシエナに向かって、シエナまであと11Kmのところ右手に見える王冠のような城壁に囲まれたところ。


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この要塞の町、1213年に6年間かけて作られた石組みの城壁のある町。ダンテの「神曲」にも王冠のような町と謳われているそう。それはイタリアがまだ統一国家ではなく、国々の争いが果てしなく続いていた頃に、共和国だったシエナがフィレンツェとの領土争いの戦いの要所のために作ったもの。そしてもう一つこの町は、フランスからローマへの巡礼の道として栄えた「フランチェジーナの道」の旅篭町でもあったんです。フランチェジーナの道についてはここでちょっと触れています。周囲は570m、厚さが2mの城壁には15本の塔が立ち(そのうちの1本は内側にあるそうですが)6×4m長方形の大きさで高さが15m、そしてこの城壁は包囲軍に対しての攻撃のために火がつけられるよういつも炭で囲われていて、二つの入り口があり、一つはシエナ方面を向き、もう一つはフィレンツェ方面に向けて開けていたそう。この場所を巡ってフィレンツェとシエナの戦いはなんと1244年を皮切りに、1554年まで断続的に続くんですよ。。。最終的には裏切りにあい、闘わずしてフィレンツェに陥落したんだって。そしてその住民達は奴隷にされてフィレンツェに連れて行かれたらしいが、彼らのその後は誰も知らない。。。シエナを守るための最後の砦で、堅牢な城塞として名を馳せた場所だったんですね。そしてそこを300年かけて攻め取ったフィレンツェ。ヨーロッパの歴史というのは気が遠くなるかんじですね。詳しくはこちら(イタリア語)をご覧ください。


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行き倒れる前に入ったのは、門を入ってすぐの広場にある(といってもこの広場が町にほぼ唯一のメインの広場。。。笑)レストラン。14時になろうとしていましたが、快く入れてもらいました。中にはまだ結構な人たちがランチ中。あんまりおなかがすいていたので、一番初めに出てきた白い普通のトスカーナパンが極上においしかった!いえ、蒔きで焼いたに違いないパンはほんとにおいしかったんだけどね。(笑)そういえば、フラワーレポーターですでに今の時期ポルチーニはほとんど出回ってないっていった矢先に、レストランの店先で巨大ポルチーニ発見!せっかくなのでグリルでいただきました。おいしかったわ!といってもこのポルチーニ、一体どこから来たのかはわからないのです。今となっては北イタリアのみならずルーマニアやブルガリアからもやってくるポルチーニ。エッセルンガ(スーパー)で売ってるのはほとんどブルガリア産だもんね。トラックで道沿いとかに売っているおじさんたちも皆無ってことは、やっぱり地物は終わってるんでしょうね。


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ランチの後は恒例のお散歩。ここはルッカよりももっと小さな町なので、のんびり歩いても30分もあれば十分。。。でもあちこちに赤や黄色に色づいた葉っぱが見えて、それだけで秋を満喫でした。ちょうどここは!と思って写真を撮ろうとカメラをのぞいたら、向こうから歩いてきたおばあちゃんが「あんた、もう、ここでみんな写真を撮るから、あたしは道をおいそれと歩けもしないのよ。しかもあたしはそこの後ろの入り口から出入りしないといけないんだから!」とさしずめけんか腰。(汗)なので「なーに言ってるんですか、こんなに美しい宝石みたいに綺麗な場所が隣にあるんだからしょうがないじゃない!おばあちゃん、こんなところに住めて幸せじゃないですか!」って切り替えしたら、そのまま世間話になり(笑)あたしの後ろにあるという、おばあちゃんのガレージとお庭を見せてくれましたよ。一人で住んでいるというおばあちゃん、庭の手入れは大変だから、コンクリートと石でテラスになる部分を作って、半分は近所の青年に手伝ったもらって小さな畑をしていました。といっても、「あたしは全然畑はわからないのよ、みんなやってもらってるの」だそうで。イタリアンパセリを種から蒔いたらでてこなかったから、その青年が(爆)苗を買って植えてくれたそうです。出会いが出会いだったから、写真を一緒に撮るのは気がひけたけど、またあそこに行ったらこのおばあちゃんに会いたいなぁ。


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実は城壁の上に部分的に上れるんです。時間が決まっていて、閉まるまで30分くらいだったので、ほんとにちょっとだけだったけど、そこから見える景色はそりゃぁ絶品でした。

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ほんとうに何もないけど心がほっとする贅沢なトスカーナの休日。(なーんて日本の雑誌のフレーズみたいだが。爆)車が必要ですけど、のんびりされたい方にはお勧めですよ。

posted by yossy at 01:20| ローマ ☀| Comment(3) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月28日

秋はもう過ぎ去る頃。。。

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日本も一気に寒くなったようですが、フィレンツェはむちゃくちゃ寒いです。。。風もものすごく吹いていて、Fortezzaのまわりの街路樹の下には木の葉の絨毯ができてますよ。この風ですっかり雲も定住できず、空は青くて気持ちがいいんですけどね。でももうヒートテックがないと底冷えしちゃいます。(笑)

ただ、ここのところ週の半分は雨。半分といっても、雨の翌日は晴れ、でもまた雨というかんじの週が続いています。あたしたちがお休みの日はいつも天気が下り坂。。。(涙)この火曜日はそれでも薄日が差していたので、どこかいくぞ!と張り切ったんだけども、その時点ですでに午前11時が過ぎていたので近場でということになり、ボローニャでおいしいエミリア・ロマーニャ料理を食べに行くことに。なのに、情報収集にボローニャに住んでるベルコーレのお客さんでお友達のRobertoに電話したらなんと彼の地は「大雨」雨雨雨。。。トスカーナにいなよ(苦笑)というアドバイスをうけて急遽ルッカへ行くことになったわけ。とあるブログで最近ルッカの話題を見たばかりで、ルッカへトスカーナ郷土料理を食べに行こうツアー(爆)となりました。

フィレンツェから車で一時間チョイ。城壁に囲まれた小さな町ルッカ。「トゥーランドット」などで有名なオペラ作曲家プッチーニの生地です。トゥーランドットって、ほら、トリノオリンピックで荒川静香さんが使った「ヴィンチェロ〜♪♪♪」で有名な「誰も寝てはならぬ(Nessun dorma)」で有名なオペラです。


城壁の周りの街路樹が見事に黄色く色づいてとっても綺麗な景色を堪能しながらご飯の後にのんびり散策してきました。何にもないけど、みんなただただのんびり歩いたり、サイクリングしたり、ジョギングしたり。。。ほーんとにイタリアって、お金を使わないけど幸せになれるのよねー。あ、ランチもトスカーナのシンプルな田舎の伝統料理を満喫。そして町の中でもあかわいらしいパスティッチェリアを見つけてこれまた幸せな時間を過ごしました♪ 



みなさんにもちょっと幸せのおすそ分け。トスカーナの秋をご堪能くださいませ。


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posted by yossy at 19:41| ローマ ☀| Comment(5) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月24日

生たまねぎとキノコの食べすぎに注意(爆)

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秋晴れの休日はやっぱりドライブ!ということで、日中でもちょっと涼しくなった火曜日は長袖ででかけましたよ。場所はこんな石や蔦の壁が絵になるCHIANTIの中の一つの村「PANZANO IN CHIANTI」。Greve in chiantiからすぐのここはフィレンツェからだと車で一時間ちょっとなのかしら?何しにって、あの有名なお肉屋さんでランチをしに。。。



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小さい小さい集落なので、とりあえず行けば分かるだろっ!といってみましたが、分かるどころか目に飛び込む赤と白の縞々の建物。サスライ氏いわく「楳図かずおの家と同じだっ!」あたしは知らなかったけど、東京の楳図かずおさんのおうちも赤と白のストライプで、景観問題で一部住民から訴えられたとか。。。
Panzanoの赤と白の建物こそ、イタリアで多分一番有名な肉屋Dario Checchiniの店なのよ!そして入り口には二つの大理石の碑が。一つは、2001年に狂牛病の影響でフィレンツェ名物のTボーンステーキが食べられなくなったときに作った「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」の墓標。この人、ビステッカ用の肉を棺に入れてお葬式までしたのよね。そしてもう一つが2006年にビステッカが解禁になったときのもの。「僕の祈りが実ってビステッカが生き返った」とな。(笑)ちなみにこの禁止期間の間も、骨がついていないステーキまたは仔牛の骨付き肉でのビステッカはあったはず。(販売禁止となったのは12ヶ月を超える成牛の背骨やその周辺の大きな骨付きの肉)

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店の中ではダリオが肉をぶった切っていました。(笑)それを横にとりあえず散歩をしてみたんだけど、あっという間に終わってしまう町の散策。。。と振り返った向こうの小高い丘の上に旧市街が。あそこまでいくのなら、先にご飯!ということでダリオのやってるMAC DARIOを探すも、よくわからない。店の真向かいに表示がでてるんだけど、その向こう側の入り口は閉まってるし。。。で、その辺の人に聞いたら「肉屋の中だ」と。ってことで、肉屋の中へ入って聞いてみたら、なんと肉屋の中を通って、秘密の扉のような自動扉を抜け、階段を上がるとそこは裏庭!良く見たら、グルッと回りさえすれば外からもいけたんだよね、あははは。目の前に広がるのは長いテーブル二つと椅子が並ぶテラス席。どこでもいいよ、と言われて適当に席に座りオーダー。MACというだけあって、簡単ランチは10ユーロのハンバーグセットか20ユーロのお任せいろいろセット。グルリと周りを見渡すと、向こうのカップルはたぶんお任せ。テーブルにはデンっとでっかいでっかい巨大野菜スティックが!その周りに白い皿がたくさんあって、手をつけていないものもある様子。。。たぶんかなりの量が予想され、うーん、ちょっとそこまでは、ということで二人してワンプレートのハンバーグ。ここは若いおにーちゃんと、パワー全開のダンテというマエストロとたぶん同じくらいのおじさんがサービスしてくれるんだけど、このダンテ。持ってきたサラダのにんじん(だからお客さんのね)をつかんで調合してくれたオリーブオイルのドレッシングをグリグリ回しちゃうし、ジョークは途切れず、そしてお客さんの隣に座り込んで熱心におしゃべりとなかなかパワフル。(笑)ちなみにこの肉はダリオが厳選したスペイン産の肉だそうです。ほぉ〜。。。


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そしてやってきたハンバーグ。ソースは自家製、トマトに赤ピーマン、そしてマスタードなんだけど、それぞれ一筋縄ではいかないソース!この赤ピーマンのキラキラした透明なソースがお気に入りで、やたらこれをつけて食べてました。あとおいしかったのが、付け合せの赤生たまねぎ!たまねぎのピリっと感もあるけど、甘いのね。でも調子に乗って食べてたらあとで消化不良になってしまったようで、かなり遅い時間まで胃の具合がよくなかったよ。。。(涙)皆さん、まじで生たまねぎには気をつけましょう。食後には小さな自家製のケーキとコーヒー。コーヒーカップの横にちょこんと小さなケーキが置かれてでてきたんだけど、なぜかあたしにはケーキがふたかけ。(笑)コーヒーはアメリカンみたいだったけどおいしかったわ。MOKAって書いてあったけど、なんだかナポリ式のエスプレッソでいれたときみたいだったなー。

あ、笑っちゃったのが、あたしらが食べ終わる頃に隣に座ったイギリス人カップル。ダンテがメニューを持ってきたら一言「妻はベジタリアンなんだが。。。」ちょっとうけちゃいました。肉屋のランチにベジタリアン。ダンテの返事は「奥さん、心配しないで。ほら、ここには新鮮なローズマリーとかその辺にあるでしょ。(生垣がローズマリーだった)おいしいオリーブオイルもあるし、それ食べたらいいよ。」(爆)すばらしい切り替えし。ま、いずれにしても彼女にはあのどんぶり一杯のヤサイスティックがきましたからご心配なく。


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食後は生たまねぎを消化させるべく(爆)小高い旧市街まで散歩。トスカーナの町並みってそれ自体はわりと地味なのよね。でもそこにハッとするような色の花が並んでいたりして、これがすごくいい。葡萄もたわわに実っていて、実はもう秋真っ只中ということを感じました。


そして実はこの日はもう一つ予定が。毎週毎週バカンス中に中断した以外は、7月の頭くらいから週末にキノコ採りにいっているリトアナ・パオロ・マエストロが先週の土曜日も土砂降りの中、なんと8kgのキノコ(今回はポルチーニはなし。涙)を採ってきたということで、リトアナの家でまたキノコづくしディナーだったわけなのよ。

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彼らのお友達夫婦も入れて7人だというのに、台所には2種類のてんこ盛りパスタソース、ビステッカが3枚、そして山のようにあるキノコ。。。うーん、前の前の週に行ったときは、5人でポルチーニのパスタの後キノコのソテーが次から次に出てきて、翌日からしばらく胃の調子がよくなかったあたくし。今回は自制することにしていたんですけどね。(笑)さて、今回採ってきたのは「Mazza di tamburo(写真のでっかい大きなキノコ)」「Galletto(これでラグーをしてました。写真の黄色いソテーしてあるやつ)」それに「Pennenciole」という裏が少しオレンジがかっていて、なんというかゆずの味のするキノコ。サスライ氏はこれにはまって結構食べてましたけど、そのあとやっぱりこの二日くらい消化が悪いようで、キノコも食べすぎには注意です。(爆)


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普段でも騒がしいリトアナが右往左往している間にこの人たちはのんびりテレビなぞみて、人のうちでリラックス。。。(爆)お食事はというと、パスタはとってもおいしかったんだけど、キノコのソテーは前の回のときにポルチーニと「Colombina」というちょっとしいたけに味の似たキノコをおなか一杯食べていたんで、そっちのほうに軍配をあげます。やっぱりポルチーニ、特に採りたてはおいしいのよねー。なので、この週末はポルチーニが見つからなかったら他のキノコは採ってこないようにお願いしてあります。(笑)

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これがColombina。ちょっと青みがかってるのよね〜。さ、ポルチーニに期待!!!



posted by yossy at 20:04| ローマ 🌁| Comment(2) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月16日

GONZAGAカボチャ彫り大会

皆さんサスライ氏のカボチャ大会速報をご覧になっていると思いますので、今更なんですが(爆)、

カテゴリーA(家で彫ってくるぶん)の「アダムの創造」、優勝でした!

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で、今回はあたくし、専属カメラマンとなりましたので、公式リポーターの役は放棄です。というのも会場内、ほとんど去年と同じなんだもの!!!!!!(爆)売っているものも、スタンドの場所もほぼ同じということで、ほとんどカボチャ彫り会場へ場内の様子については去年のブログに懇親の力を込めてしっかり書いてありますからぜひご覧くださいませ。そして今回のカボチャ彫り大会の雰囲気については先にサスライ氏がUPしてあるので、こちらから。


と、リンクばかり貼っていますけど、じゃああたしは何を書こうか?ということで(笑)「人魚」ができる様子を順を追って写真でご説明しようかしら、と。


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和気藹々、会場設営に参加、朝ごはんを食べた後コックコートに着替えて、いざ出陣。青い空と白いコックコート、オレンジのカボチャ、色的配置がすばらしい一日。(笑)あたしも去年買った公式Tシャツをきて「お、スポンサーか!」と冷やかされながら、カメラマンに徹してきました。まず今回のカボチャ。結構つぶれています。というか、ほんとはこれ「アダムの創造」のために買ったもの。でもよくよく元の絵を見るとアダムに対して神様の位置が少し上側。それを表現するのに当日用のカボチャを使うことにしたんです。なのでこのつぶれた形の大きなカボチャを使って何をするってのが問題なわけ。マントバのあたりはカボチャ王国なのでたくさんの面白い形のカボチャがあるんですけど、トスカーナにはないのよね。ということで「人魚」製作開始。皮をむいた後に、ざっくりナイフで形をつけていきます。


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そのざっくりした形の部分を深く彫っていきます。このときにこのカボチャの肉の厚みが問題なのよね。石と同じで、あけてみないとわからない、いや、あけてもその厚さは分からないわけで。前回はガッと彫ったら穴が開いちゃって、ドラゴンの口がガバっと開いた作品になってしまったわけなんだけども。。。今回はかなり彫り込んでも大丈夫だったみたい。去年の失速は(笑)カボチャに穴あけちゃったのも関係してたのよね、確か。。。しかも「アダムの創造」製作で一日ベルコーレがお休みの日を使えたサスライ氏、前回「ピエタ」のときは仕事をしながら深夜と早朝での製作で当日は放心状態だったんですけど、今回はやる気が十分!!!(笑)しかしさ、ここ、なんというか、ハエがすごい!カボチャを彫り出す前はそうでもなかったのに、時間がたつにつれてハエが群れをなしてやってくるんですよ。カボチャの甘い香りに誘われるんですかねぇ。サスライ氏、前の日にいろいろ考えて、カボチャに艶を出すために、ケーキの飾りのフルーツに使うゼラチンのコーティングをもって行く予定でしたけど、土壇場でやめたんですね。やめてよかったよ。あれ使ってたらハエが全部カボチャにくっついてたから。(爆)

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去年と同じくランブルスコを一杯ひっかけながらの作業はいつまでも続く。。。去年はこのあたりで「もうヤメヤメ♪」って雰囲気だったのに、今年は微にいり細にいり仕上げが止まりません。(笑)会場内の人の熱気も途切れず。去年に比べてかなり大勢の人が見に来てくれたようでした♪あれって、見学者の一般投票もあったら面白いのになぁ。

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結局だいたい終わりの4時過ぎまで製作を続けたサスライ氏。結局こちらは賞を逃しましたけど、本人はいたく満足だったようで。それが一番よねー。あ、そういえば、一番上の「アダムの創造」右と左でバックの布の色が違うじゃない?サスライ氏は青い布を持っていってセッティングしていたんです。そしたら、会場内の作業用台のテーブルクロスを勝手に使われたと激怒の(主催者の女性がこれつかってーと持ってきたのに)特殊テーブルクロスを売るおばちゃんが大騒ぎしたんだけど、そのうち彼女サスライ氏に近づいて「あの作品のクロスをうちのにしてくれ、そしたらあそこに立ち止まった人たちに営業できるから」なーんて直訴。主催者の人たちも困った顔をしながらも、なんだかそれを止めに入ることができずに、サスライ氏も「。。。いいけど。。。」ってことでボルドーのになったの。ま、それはそれで悪くなかったんだけどね。でもその後おばちゃん、しばらくは作品の前で自分の商品の説明してたけど、そのうち、他の参加者のところに売り込みにいったり、自分のブースでジェラートなめたり、電話してたりと、まったく売る気がなくなってましたがね。(爆)でも味をしめたのか、人魚のバックにも自分のを使いたい!!!と鼻息荒く持ってきたんですよ。。。(汗)主催者のマルコは顔を引きつらせながら、でも、穏便に済ませたかったようで「ケイイチロー、すまないけど。。。」なんて言ってましたが、今回はチラッと試したそのクロス、青は青でもずいぶんとグレーがかった色で即却下。ま、おばちゃんも騒ぎもせずに「残念だわ、残念だわ、このクロスはすごくいいものなのよっ」と立ち去っていったんだけどね。。。


とういことで、カボチャも終わり(ベルコーレでの展示は明日までだと思います)この後サスライ氏は月末に向けて秋・冬メニュー考案へ突入だよーん。ああ、何が食べられるのかしら。楽しみ♪♪♪
posted by yossy at 12:52| ローマ | Comment(0) | フィレンツェの喧騒を逃れて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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